(31)居心地の悪さ

「あなた達の制服は、明日寮に届く手筈になっているの。執務棟の中を歩くのは私服では目立つし、制服が届いたら身体に合うかどうかを確かめて、それから執務棟内を一通り案内するわね」

 寮から出たアイラは、そこから執務棟への経路を説明しつつ、途中の角を曲がって広い空間に入った。


「それで、ここが官吏や騎士が昼食を取る食堂よ。残業に向けて家や寮まで戻らずに食事をしたい場合や、夜勤前に食べるような遅い時間にも食事を提供しているわね」

 広々とした室内には多くのテーブルが並んでおり、奥のカウンターの向こうでは調理人達が複数働いている気配が伝わってくる。


「うわ……、広いですね」

「官吏や騎士の方達が、入れ替わり立ち換わり食事に来るんですね」

「忙しい時間帯は、壮観だろうなぁ……」

 既に昼食の時間帯は過ぎていたが、食堂内には何人かの官吏や騎士の制服姿の者達が遅い昼食を食べていた。その中の一人を目にしたアイラが、彼女に歩み寄りながら親しげに声をかける。


「あら、カテリーナ。今日は随分遅い昼食ね。何かあったの?」

「あ、アイラさん。ええ、そうなんです。今日は朝からお昼まで外出される王妃様の護衛の任に就いたのですが、帰途でトラブルがありまして。その対処と引継ぎで、昼休憩に入るのが遅れました」

「ご苦労様」

(え? 確かにカテリーナ様! そう言えば、卒業後は近衛騎士団に入団されたと聞いていたわ!)

 在学中は下級生達からの憧れの存在だったカテリーナを認め、シレイアは勿論、ミリーとオルガも揃って目を輝かせた。そんな三人の前で顔を上げたカテリーナは、アイラに苦笑しながら応じてから、シレイア達に視線を向けた。


「そちらは……。私服ですから、官吏に就任する官吏科出身の人達ですか。騎士団就任の騎士科の女生徒達は、昨日入寮しましたし」

「ええ、そうなの。寮内の説明と、ここの説明に連れて来たところよ。明日には官吏の制服が届くから、サイズを合わせてから執務棟の説明をするつもり」

「そうですか。確か……、剣術大会の実行委員をしていた、シレイアさん、だったわよね?」

 ここで唐突に名前を呼ばれたシレイアは、感激しながら興奮気味に挨拶した。

 

「名前を憶えていただいて光栄です! カテリーナ様、お久しぶりです!」

「そんなに形式ばらないで、カテリーナで良いわよ。今年は女性官吏は三人入ったのね。名前を聞いても良いかしら?」

「ミリー・ジルバンです! よろしくお願いします!」

「オルガ・ニジェールといいます! カテリーナ様にまたお会いできて嬉しいです!」

 シレイア達は興奮気味に言葉を返したが、それを聞いたカテリーナは苦笑した。


「確かに先輩後輩の間柄にはなるけど同じ部署で働くわけではないし、他の皆も寮内ではもう少し気安いやり取りをしているから。あまり緊張しなくて大丈夫よ」

 それを聞いたシレイアは、何か聞き間違ったかと尋ね返した。


「あの……、カテリーナ様はれっきとした侯爵令嬢でいらっしゃいますし、寮で生活とかはされていませんよね?」

「しているけど。だからアイラさんとも親しくしているし」

「えぇっ!? どうしてですか!?」

「カテリーナ様の立場だったら、馬車か騎馬でお屋敷から通っているとばかり」

「特に上級貴族出身の騎士の方って、そうだと聞いた記憶があるのですが!?」

 シレイア達は揃って驚愕し、思わず声を張り上げた。その反応に、アイラとカテリーナが顔を見合わせ、しみじみとした口調で語り合う。


「近衛騎士団に入団した一昨年も、去年も、同じように周囲に驚かれたわね」

「後輩達が驚くのが、毎年の光景になっていくのかしら。れっきとした侯爵令嬢が、寮生活をしながら夜勤も同僚と同様にしっかりこなしているのって、本当に規格外よね」

「これまでに、色々な慣例を容赦なく打ち砕いてきたアイラさんが仰いますか……」

「あなただってこの二年間で、様々な前例を平然と打ち砕いてきたと思うのだけど?」

「否定はしません。絶対、保守層には煙たがられていますね」

「それはお互い様よ」

 そこで声を上げて楽しそうに笑い合う二人を見て、シレイアは胸が高鳴るのを抑えられなかった。


(このお二人、本当に凄いわ。女性としての可能性を、従来よりもかなり拡げてきたのよね。それだけ周囲の無理解とか偏見とかと戦ってきたはずだし。私もこれから頑張ろう)

 シレイアは内心で改めて決意し、ここで寮に戻る為、アイラがカテリーナに声をかけてその場を離れた。




 寮に戻ってからは自室で持ち込んだ荷物の整理を行い、少し休んだ後は夕食の時間帯になる。他の二人と時間を合わせて階下の食堂に向かったシレイアは、そこで同学年で面識がある騎士科出身の女生徒達と再会した。

 互いに女生徒の割合が少ない分、結束が強く、固まって和気あいあいと夕食を食べ進める。


「来週からいよいよ勤務が始まるのよね。緊張するけど楽しみ」

「王宮勤めなんて、女性の職場としては安定した高給の職場だものね」

「頑張って働いて、実家に仕送りしないと。それと結婚資金も貯めないとね」

「無駄遣いしなければ、数年で問題なく貯められるって聞いたわ。それで大抵の人は、二十代半ばまでには結婚退職するそうだし」

「結婚退職するの?」

「……え?」

 周囲が楽しげに話している内容に、シレイアは思わず疑問を呈した。それを聞いた周囲がキョトンとした表情になり、すぐに不思議そうに言い出す。


「だってシレイア。結婚したら、仕事を続けられないじゃない」

「アイラさんは結婚せずに仕事を続けているけど?」

「それは例外中の例外でしょう」

「家族から、結婚しろとか言われていないのよ」

「ある意味、羨ましいわね。うちだったら無理」

「そうよね。『絶対、世間体が悪い』って言うわ」

「シレイアはお父さんが大司教なんだから、やっぱり『官吏になるのは構わないけど、適当な所で結婚するように』とか言われているでしょう?」

「ううん、そういった事は全然言われていないけど……」

「…………」

 控え目にシレイアが口にした内容に、周囲は困惑の表情になった。しかしすぐに、気を取り直したように明るく語り出す。


「さすが大司教様になるくらいの方は、懐が広いのね」

「娘の行動に制限をかけないなんて、本当に羨ましいわ」

「そういえば最初は寮生活でも、仕事に慣れてお給金が上がったら、王都内に家を構えて乗合馬車とか騎馬で通う人も出てくるそうだけど」

「それは男性の官吏とか騎士の話でしょう?」

「結婚を機に家を構えるパターンが多いからそうなるってだけで、私達には関係ないわよ」

「でも女性官吏や女性騎士は王宮内で縁談が纏まるのが多いとも聞くし、そう考えると私達にも関係ある話じゃない?」

「そうよね。第一に仕事をきちんとするけど、良縁に恵まれればそれに越したことはないわよね」

(せっかく官吏や騎士になれたのに、どうして働き始める前からいつか辞める時の話をしないといけないのよ。それにどうしても結婚しないといけないなんて、おかしくない? でも面と向かってそんな事を言ったら周囲から浮いてしまうのが確実だし、余計なことは言わないでおくけど)

 周囲が自身の結婚の希望や可能性の話で盛り上がっている間、シレイアは適当に相槌を打ちながら、心の中でもやもやした気持ちを抱えていたのだった。


















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