(24)王妃様は国の要

 総主教会での査問会、もとい意見聴取会からひと月ほど経過したある日。エセリアはマグダレーナと連絡を取り、王宮にキリング同伴で出向いた。

「王妃様。本日は貴重なお時間を頂きまして、ありがとうございます」

 公爵令嬢らしく、エセリアが礼儀正しい挨拶をするのを見て、マグダレーナは少々おかしそうに笑った。


「エセリア、堅苦しい挨拶は良くてよ? それより、今回は随分と珍しい組み合わせで、こちらに出向いて来たのね。お久しぶりです、キリング総大司教」

「誠にお久しぶりでございます、王妃陛下。直にご面会が叶い、感謝致しております」

「社交辞令はこれ位にして、さっさと本題に入りましょう。本日エセリアとあなたがこちらに出向いた用件については、シェーグレン公爵から内々に話が伝わっております。興味深く思っておりましたので、是非、詳細をお聞きしたいわ」

「恐縮です。それでは王妃様、こちらの書類をご覧下さい」

 時間を無駄にせず、早速テーブルを挟んで二人が意見を交わす様子を見ながら、エセリアは密かにこの場に居ない父親の事を考えた。


(査問会の後、家の皆に随分心配をかけちゃったから、あそこで何があったのかを洗いざらい吐いたけど、お父様ったら私に内緒で、こっそり王妃様に話を通してくれていたのね?)

 それをありがたく思いながらも、若干釈然としない思いが残る。


(助かったのは確かだけど、私に内緒にする事は無いじゃない。私を驚かせたかったのか、それともいい仕事をしただろうと、ドヤ顔をしたかったのかしら? 本当にお父様ったら、変なところで子供っぽいんだから)

 そんな風に少しだけ呆れていると、一通りの説明と問答を終わらせた二人は口を閉ざし、この間手を付けられずに冷め切ったお茶に手を伸ばした。それを一口飲んでから、マグダレーナが結論を述べる。


「国教会のお考えは、良く分かりました。これは早速関係する大臣達と図って、早期の法制度化を目指しましょう」

「ご賛同頂き、ありがとうございます。国教会は今後も国の発展の為、真摯に務めを果たしていく所存です」

「国の発展は勿論ですが、国教会のより良き発展の為では? 一応、国教会が制度を私物化しない様に、罰則規定なども抱き合わせで整備するつもりですので、そこの所はご了解頂けますね?」

「私物化など夢にも思っておりませんが、どうぞ王家の皆様のお心のままに」

 即座に決断を下したマグダレーナがチクリと釘を刺し、キリングがそれを笑ってかわしながら「あはは」「おほほ」と傍目には機嫌良く笑っている光景を、エセリアは微妙な顔付きで見守った。


(うわぁ、なんか狐と狸の化かし合いっぽいわ~。それに王妃様、国王陛下の意見を伺わなくて良いのかしら。何だか王様抜きで、王妃様と大臣達が国政を仕切っている雰囲気なんだけど……、それってどうなんだろう?)

 ふと、そんな事を思ったエセリアだったが余計な事は口にせず、無言のまま笑顔を保った。しかしここで、マグダレーナがさり気なく言い出す。


「そう言えば、エセリア」

「はい、何でしょうか?」

「コーネリアから贈って貰ったのだけど、あなた最近、随分傾向の違う本を書き始めたのね。ミレディアから聞くところによると、それが縁で国教会の上層部とお知り合いになったとか?」

「……へ?」

 気が緩んだ所に予想外の直球を受けて、エセリアは完全に外面を取り繕うのを忘れて間抜けな声を上げ、キリングは飲んでいたお茶を噴き零した。


(って! えぇえぇぇ!? まさかお姉様、BL本まで王妃様に贈っていたの!? さすがにあれは贈ってなかったのに、何て事をしてくれるんですか!? 総大司教様まで固まっちゃったし!!)

 相変わらずマグダレーナは穏やかに微笑んだままではあったが、エセリアは全身から冷や汗を流しながら、恐る恐る詳細について尋ねた。


「あの……、王妃様。まさかそれを、お読みになったと?」

「可愛い姪が贈ってくれたのよ? 読まないわけが無いでしょう?」

「……左様でございますか」

(読んじゃってる! しかも最後までしっかり読み終えてるっぽい!!)

 エセリアは完全に言い逃れできない事を悟り、隣席のキリングも迂闊な事は言えず、事の成り行きを固唾を飲んで見守っていると、マグダレーナが冷静に言い聞かせてきた。


「それで、エセリア?」

「はっ、はいぃぃぃっ!!」

「表現する事は自由かもしれませんが、内容は吟味しましょうね? いたずらに他者を貶めたり、犯罪行為を唆したりしてはいけませんよ?」

「きっ、肝に銘じておきますっ!!」

 力一杯エセリアが誓うと彼女は満足げに頷き、次にキリングに視線を向けた。


「国教会内でも色々な議論がされたとは思いますが、締め付けるだけでは民衆は反発するもの。ある程度の寛容さを示すのも、統治する上で必要な事だと思われますが、総大司教様はそこの所を、どのようにお考えでしょうか?」

「誠に、王妃様の仰る通りでございます」

 そう言って彼が神妙に頭を下げるのを眺めながら、エセリアはまだ失調気味の頭で、一生懸命考えた。


(え、ええと……。そうなると、“あれ”は過激過ぎる物じゃなければ、王妃様も容認して下さるって事なのよね? 王妃様が貴腐人化したようには見えないけど……。やっぱり王妃様は度量が広いわ)

 そんな風にエセリアがしみじみと感心していると、侍女が彼女達のテーブルに歩み寄り、報告してきた。


「王妃様、失礼します。ディオーネ様とグラディクト様がいらっしゃいました。今現在、取り次ぎの間にいらっしゃいます」

「時間通りね。こちらに通しなさい」

「畏まりました」

(はいぃ!? 何でここでグラディクトが出て来るのよ!! 王道攻略対象者なんかに、用は無いわよっ!!)

 主従間で平然と交わされた会話の内容にエセリアは狼狽し、思わず腰を浮かせかけた。


「あ、あの……、王妃様。他の方とお約束があるなら、私はこれで失礼を」

「あら、大丈夫よ。あなたに引き合わせる為に、二人を呼んだのだから。せっかくだからこの際キリング殿にも、二人を紹介いたしますわ」

「……そうですか」

「畏まりました」

 退路を断たれたエセリアと、怪訝な顔になりながらも頷いたキリングは、大人しく座ったまま二人の登場を待った。


(何か、もの凄く嫌な予感がする。まさか……)

 そしてエセリアの予感は、不幸にも的中してしまうのだった。

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