(6)祝福と困惑

 日程が日程だけに諸々に余裕が無かったカテリーナは、休日に家族と相談して王宮の独身寮に戻り次第、同期のティナレア、リリス、ノーラ、エマに声をかけて夜に自室に集まってもらった。

「そういうわけで、取り敢えず同期の皆と隊長に招待状を渡すことにしたので、都合がつけば結婚式に出席して貰いたいのだけど……」

 改めて簡単に事情を説明してから、カテリーナは急拵えながらも、侯爵家らしい格式のある招待状を順に手渡した。対するティナレア達は、微妙な表情でそれを受け取る。


「うん……、話は分かったわ。結婚する気配のなかったカテリーナだから急すぎる話に驚いたけど、本当におめでたいと思うし、私達も祝福するわよ? するつもりだけど……」

「上級貴族同士の結婚式……。どう考えても国教会の中でも最高の格式の、総主教会大聖堂での挙式よね? 私達のような根っからの平民や名ばかりの末端貴族が、気安く足を踏み入れる場所ではないのだけど……」

「それ以前に、どんな出で立ちで出席すれば良いのか見当がつかないわ……。場違い感ありありの姿で、並びたくないのだけど……」

 揃って頭を抱えている友人達を宥めるように、カテリーナは声をかけた。


「衣装に関して気にするのは分かるけど……、無理にお金をかけなくても良いのよ? 確かに出席者には上級貴族の方が多いけど、付き合いのある商会関係者や、殆ど平民と同様の生活をしている仲の良い分家の人達も招待するし。あとジャスティン兄様も今は平民扱いになっているから、タリア姉様と一緒に無理のない服装で出ていただくから」

 その説明を聞いたティナレア達は、幾らか表情を明るくしながら頷き合った。


「ああ、そういえばそうだったわね。ジャスティン隊長は既に貴族籍から抜けて、平民扱いになっているし」

「確かにそれなら、ごく一般的な庶民の結婚式に出る場合より、多少見映えがする程度の格好で大丈夫よね」

「それならなんとかなりそう。安心したわ」

「それにしても……、前々から通知していた私より、先に挙式するってどういうことよ」

 ティナレアが呆れ気味に詰問してきたことで、カテリーナは謝りながら問い返した。


「ええと……、それに関しては謝るしかないのだけど……。ティナレア、もしかして頼まれていたあなたの挙式時の花嫁の介添え役って、未婚女性でないと駄目だった?」

「そうじゃないけど。……うん、もう良いわ。自分の事じゃないのに、あれこれ心配するのが馬鹿らしくなってきた。ところで、まさか結婚式直前までこのまま寮で暮らすわけではないでしょうね?」

 カテリーナならやりかねないと、ティナレアが幾分顔つきを険しくしながら確認を入れてくる。それにカテリーナは苦笑しながら答えた。


「色々準備もあるし、さすがにそれは無理よ。来月に正式な婚約披露の夜会をシェーグレン公爵邸で開催するけど、その後は実家に戻っておこうと考えているわ」

 その説明を頭の中で吟味したティナレアは、僅かに眉根を寄せながら再度尋ねてくる。


「あのね……、今の話だと、結局結婚式までひと月切るまで、ここの寮で暮らすように聞こえるけど?」

「その予定だけど? その後は仕方がないから、実家とシェーグレン公爵邸から馬車で通うわ。目立つけど、仕方がないわね。……あら? 皆、変な顔をして、どうかしたの?」

「…………」

 平然とカテリーナが答えた内容を聞いて、彼女の友人達は深い溜め息を吐いたり、無言で額を押さえた。そんな周囲にカテリーナが不思議そうに声をかけると、どこか悟りきったような表情と口調での感想が述べられる。


「本当にカテリーナはクレランス学園在学中から規格外だったけど、結婚まで完全に予想外の事をしでかしてくれたわよね」

「一言だけ言わせて頂戴。私がやらかしたわけではなくて、噂になるような行為をしたのは最初から最後までナジェークですからね?」

「あら、カテリーナはそれに律儀に対応した挙げ句、最終的に受け入れたのだから、彼と同一視されて当然じゃない」

「本当に、色々な意味でお似合いよね」

「…………」

 真顔で頷き合っている友人達を見て理不尽だと思ったものの、カテリーナはそこで余計な事は言わないことにした。




 友人達に話を通した翌日には、カテリーナは隊長のユリーゼに時間を取って貰い、勤務を終えてから隊長室で向かい合った。

「隊長、お時間を頂いてありがとうございます。再来月の挙式には、隊長と特に懇意にしている同僚数名を招待したいと思っておりますので、ご都合が良ければご検討ください」

 すると招待状を受け取ったユリーゼから、予想外の言葉が返ってくる。


「招待ありがとう。この日時なら支障はないから、是非出席させて貰うわ。あなたには、個人的にお礼も言いたかったし」

「お礼、ですか? 今回のあれこれで、隊長に煩わしい思いをさせてしまって叱責されるのならともかく、お礼を言われるような事に心当たりはありませんが……」

 本気で困惑したカテリーナだったが、そんな彼女にユリーゼは笑いを堪えるような表情で話し出した。


「食堂でナジェーク殿が、あなたが結婚後も近衛騎士団勤務を続けて構わないし、近衛騎士団長就任の後押しをすると公言したでしょう?」

 それを聞いたカテリーナは、頭痛を覚えながら深々と頭を下げる。


「その節は、本当にお騒がせしました……。隊長も他の隊長達から、皮肉や嫌みを言われたり恫喝されたりしませんでしたか?」

「確かに何件かそういう事はあったけど、別に大した事ではないわ」

「それなら良いのですが」

「現に、ナジェーク殿が指摘した通り、結婚したら退団しなければならないなんて規則はありませんからね。これまで慣例的に、女性騎士が結婚を気に退団していただけで。それなのに『結婚後もまともに勤務ができると思っているのか。隊長権限で辞めさせろ』などと言ってくるような輩は、あなたとナジェーク殿に追い落とされるかもと、酷い被害妄想を拗らせた馬鹿で小心者よ。放置しておいても大した害はないわ」

「そうですか……」

「というか、団長はわざとそういう輩を放置しておいて、騎士団内の反応を窺っている最中なのよね。食堂での騒ぎの後、あなたに関して誰から何を言われたか逐一報告するように内々に厳命されたから、この前から毎回文書にして提出しているわ。団長や他の何人かの幹部の皆様は、それを理由にどんな人事異動を画策しているのかしら」

「はぁ……」

 一見おとなしそうに見えて、実は結構したたかな性格だったらしいユリーゼの独り言めいた呟きに、カテリーナは次の反応に迷った。するとユリーゼが、微妙に口調を変えてくる。


「話を戻すわね。あなたにお礼を言いたかったのは、今回の騒ぎで私がきちんと婚約者と向き合えたからなの。あなたに先を越されてしまったけど、実は私も婚約していてね。年内中には結婚予定なのよ」

「そうでしたか、それは存じませんでした。おめでとうございます」

「ありがとう。それで、何も抵抗感を覚えずに、団長に結婚と同時に退団する旨を伝えていたのだけど……。あなた達の話を聞いて、それは少しおかしいのではないかと感じてね。勤務を続けられるなら、続けていきたいと思ったの。だからこの前婚約者と顔を合わせた時に、その気持ちを正直に伝えてみたのよ」

「それは……、相手に嫌な顔をされませんでしたか?」

 まさか自分の騒動が原因で、ユリーゼの縁談が反故になったりしていないかと心配になったカテリーナだったが、それは杞憂に終わった。


「心配しないで。別に、嫌な顔はされなかったわ。彼は驚いた顔をしてから、凄く困った顔になって……。最後に謝ってきたの」

「ええと……、それは、どういう事でしょうか?」

「彼は、私が当然結婚と同時に仕事を辞めると思い込んでいたから私が働けるのなら働き続けたいと思っているなんて、夢にも思っていなかったのよ。だから本気で驚いたわけ」

「それはそうでしょうね……」

「その時、彼は少しの間真剣に考え込んでから、『君がそんな気持ちでいたとは知らなかった。今後は私にして欲しい事があれば、遠慮なく言って欲しい。ただ実家の両親が、君をこのまま近衛騎士として働かさせるのは体裁が悪いと反対する筈だから、仕事を続けるのは諦めてくれ』と言って、頭を下げたのよ」

 そう説明されてカテリーナは安堵するとともに、微笑ましく思った。


「そうでしたか……。正直で誠実な方みたいですね」

「ええ。騎士団の方から紹介された官吏の方だけど、彼のような人に出会えたのは幸運だったわ。本当に仕事を続けられるとは思っていなかったけど、納得して仕事を辞められるし、彼とも上手くやっていけると思ったの。自分の気持ちを彼に正直に伝えられたのは、あなたのおかげよ」

「そう言って貰えると、嬉しいです。本当におめでとうございます」

「ありがとう。これから色々大変でしょうけど、お互い頑張りましょうね」

「はい。そうですね」

(私の勤務継続宣言が、予想外な影響を及ぼしている気がするわ。ユリーゼ隊長だけではなくて、後任の隊長にまで迷惑をかける羽目にならなければよいのだけど……)

 互いの結婚について祝福しつつも、カテリーナは自分の結婚による影響が想像以上に広がっていることを自覚することとなった。

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