(5)アリステアの災難

 ダレンが、ミンティア子爵が尋問されていた部屋に乱入した時から、時間を遡る事少し。

 式典会場となっている大広間から引きずり出されたアリステアは、近衛騎士達に囲まれながら、王宮の中心部から末端部に向かって歩かされていた。


「痛い! ちょっと! 手を離しなさいよ!」

「貴様がおとなしく歩かないからだろうが!」

「だってどうしてグラディクト様と離されて、引きずり出されなくちゃいけないのよ! グラディクト様が言ったでしょ? 私は王太子殿下の婚約者なのよ!? 失礼じゃない!」

「貴様、本当に何をやらかしたか分かってないな!?」

「お前達の考えなしな行為のせいで、どれだけの人間が迷惑を被っていると思っている!」

 盛大に非難の声を上げるアリステアに、騎士達のうちある者は呆れ、ある者は罵倒しながら進んでいたが、背後から駆け寄って来た文官と分かる男が、その場の責任者に向かって伝言を伝えた。


「分隊長、宰相閣下からのご指示です。調査の邪魔なので、その女は即刻王宮から叩き出すようにとの事です」

「そうだろうな。こんな小娘は、陰謀の駒でしかないだろうし、大した事は聞き出せないだろう。了解した」

「あ、ちょっと! グラディクト様はどうなったの?」

 すかさず彼女が、先程引き離されたグラディクトの事を尋ねると、彼は少し嫌そうな顔をしながらも律儀に答える。


「審議の日程が決定し、それが開催されるまで、お部屋で軟禁になりました」

「軟禁!? どうしてよ! グラディクト様は王太子として、悪事を正そうとしたのよ!? そんなの間違ってるわ!」

 その問いかけには答えないまま文官が立ち去り、暴れるアリステアの腕を掴んで抑えながら、騎士達が呆れ顔で吐き捨てる。


「本当に分かってないな、この女」

「各国大使の目の前で、あんな暴挙に及んだくせに」

「暴挙だと分かってないから、やらかしたんだろう?」

「そうとも言えるがな……」

 そうこうしているうちに、その一団は王宮の一角に到着した。そして責任者の分隊長が広い部屋に足を踏み入れながら、そこで主が夜会に参加している間自由に飲食しながら休憩を取っている、各家の御者達に向かって声を張り上げる。


「全員注目! ここにミンティア子爵家の御者は居るか?」

「……は、はい! 私ですが、何事でしょうか?」

 僅かな戸惑いの気配の後、部屋の隅の方から慌て気味の声が上がり、一人の若い男が駆け寄って来た。分隊長がその彼に向かって、アリステアを差し示しながら重々しく言い付ける。


「こちらの令嬢は大広間でとんでもない失態を犯した為、王宮から即刻退去の指示が出ている。故にミンティア子爵邸に連れて帰れ」

 しかしアリステアを目にした彼は、本気で困惑した表情になった。


「はぁ? どうしてこのお嬢様を、屋敷に連れ帰らなくてはいけないんですか?」

「冗談じゃないわよ! あんな所に帰るものですか!」

「どういう事だ? この女はミンティア子爵令嬢だろう? どうして子爵家のお前が知らない」

「そう言われても、こんな人はお屋敷で見た事がありませんから」

 どうにも要領を得ない話に、分隊長が彼女に確認を入れた。


「貴様、どうやって王宮まで来たんだ?」

「バスアディ伯爵が、手配してくれた馬車に乗って来たのよ! あんな辛気臭い家になんか戻りませんからね!」

 その主張を聞いた分隊長は、手振りでミンティア子爵家の御者を解放し、先程より大きな声で怒鳴った。

「おい! バスアディ伯爵家の御者は、直ちに出て来い!!」

 その剣幕に驚いたらしく、壮年の男が二人、顔色を変えて駆け寄って来る。


「はい! 私達ですが!」

「どうかされましたか?」

「この女は、お前達の馬車に乗って、王宮まで来たと言っている。そちらの責任で、さっさと王宮から連れ出して帰宅させろ」

 分隊長としては真っ当な要求をしたつもりだったのだが、目の前の男達は揃って怪訝な顔になった。


「はぁ? こんな方は存じ上げませんが」

「一体どなたです?」

「何だと? 貴様ら、責任逃れをする気か?」

「いいえ、滅相もありません!」

「本当にお会いした事がございませんので!」

 忽ち剣呑な空気を醸し出し始めた分隊長に、御者達が必死に弁解していると、アリステアが全く空気を読まずに言い放った。


「違うわよ。乗せてきてくれたのは、こんなしょぼくれたおじさん達じゃなかったもの。もっと若くて、格好良い人だったわ」

 それを聞いた彼らは、忽ち憮然とした顔つきになって突き放した。


「それなら帰りもそちらの方に、送り届けて貰ってください」

「生憎と私達は、そちらの方のお住まいも知りませんので。失礼します」

「おい、ちょっと待て!」

 言いがかりを付けられた上に失礼な事を言われた御者達は、誰が無関係の女を乗せるかと、断固拒否の構えで元居た場所に戻って行った。それを為す術無く見送った分隊長が、怒りを露わにしてアリステアを叱りつける。


「貴様、ふざけるなよ!? どこまで俺達の手を煩わせる気だ」

「知らないわよ! 大体、どうして私が追い払われなくちゃいけないの!? あなた達、そんなにエセリア様とシェーグレン公爵家が怖いの? 近衛騎士団って権力にすり寄る、意気地なしの人間の集まりなのね!」

「言うに事欠いて、貴様!!」

 アリステアから暴言を放たれた分隊長が、思わず彼女に詰め寄ろうとしたが、顔色を変えた部下達に制止される。


「分隊長! 気持ちは分かりますが!」

「さすがに女性に手を上げるのは、外聞が悪すぎます!」

「ここは堪えてください!」

 すると揉めている場に部隊の新人が歩み寄り、恐縮気味に声をかけてきた。


「分隊長、少々宜しいですか?」

「何だ、リュカーン」

 仏頂面で応じた直属の上司の機嫌を、それ以上損ねないように、彼は神妙に申し出た。

「その女はクレランス学園に在籍していて、そこの寮で生活しています」

 その話を聞いた分隊長は、意外そうに目を見開いた。


「何だと? それは本当か?」

「ええ。去年も色々と要らん事をほざいて周囲の顰蹙を買ったり、場違いな言動で白眼視されていて、学園内では有名でした。もう騎士団の馬車で、寮に移送すれば宜しいのでは? これ以上こんな所で揉めるのは、時間の無駄かと思います」

 予めイズファインから言い含められていた、学園騎士科出身の騎士がそう教えると、分隊長は渋面のまま頷いた。


「確かにそうだな。さっさと厄介払いをして、本来の任務に戻るぞ」

 そしてそう決めた彼の、次の行動は速かった。

「おい、至急馬車を一台手配! ここの裏口に回せ!」

「了解しました」

 部下に言い付けてそこから一番近い、普段は御者達が出入りする場所に馬車を横付けさせた彼は、それに押し込むようにして、有無を言わせずアリステアを乗せた。


「ほら、おとなしく乗れ! 乗らないと縛り上げて、荷馬車に積み込むぞ!」

「何なのよ! あなた達全員、後でグラディクト様にクビにして貰うから! 覚えてらっしゃい!」

 本気で腹を立てた彼女の捨て台詞を、分隊長は無視してドアを閉め、御者役の騎士に「さっさと行け!」と怒鳴って馬車を追い払った。その遠ざかる様子を見ながら、騎士達が囁き合う。


「ふぅ、やれやれ。やっと静かになったぞ」

「しかし、酷い目にあったな。何なんだあれは?」

「さあな。取り敢えず持ち場に戻るぞ」

 端から見れば迷惑を被ったのは近衛騎士達の方だったが、憤然としながら馬車に揺られているアリステアは、一人で被害者意識を募らせていた。


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