(21)裏工作

 アーシアの嫌がらせで潰れた予定は多々あったものの、その全てが潰れる筈もなく、その休暇の日はカテリーナは朝から侯爵邸に戻った。そして兄夫婦から延々と説教された挙げ句に飾り立てられ、夕刻には一緒に馬車に乗り込んでいた。


「今夜は、まともなドレス姿で安心だな」

「そうね。男装などしなければそれなりに見られるのだから、きっとコニール様にも気に入っていただける筈よ」

「それなら宜しいですわね……」

 貴重な休日がアーシアとは違う意味で完全に潰された挙げ句、勝手な事を言っている兄夫婦にまともに対応する気など起きなかったカテリーナは、馬車の窓に視線を向けながらおざなりに応じた。しかしそれは向かい側に座っている二人にとっては不満だったらしく、たちまち叱責の声が飛んでくる。


「何を他人事みたいに言っている! 人前で無作法な事を口走ったら許さんぞ!」

「そうよ! 特に主催者であるダオニール伯爵夫妻や、今回ご紹介いただく縁戚のコニール様に失礼な物言いをしたら、お義父様とお母様に報告して叱責していただきますからね!?」

 そんな叱責も何のその。カテリーナは落ち着き払って言い返した。


「承知しております。ところで同様の会話を、今朝から五回はしたように記憶しておりますが」

「お前の態度がなっていないからだろうが!」

「そうですか? 私は兄上達の記憶力が相当怪しいのかと、内心で心配しておりました」

「何だと!?」

「ジェスラン、もう良いわ。もうじき到着するし、冷静になって頂戴」

「……ああ、分かっている」

 小さく舌打ちして何とか悪態を吐くのを思い止まったらしいジェスランだったが、カテリーナの方こそ舌打ちしたい気分だった。


(全く、同じ内容を何度も繰り返すなんて、時間と労力の無駄でしょう。信用がないのは分かるけど、この格好で逃亡を図る筈も無いのにしつこいったら)

 そんな事を考えているうちに、馬車が門を抜けてダオニール伯爵邸の敷地内に入った事を確認したカテリーナは、無言のまま考えを巡らせた。


(さて……、あっさりコニール殿に気に入られても困るけど、今夜招待されている夜会の主催者は、先は社交界でも指折りの影響力を持つダオニール伯爵夫妻。ナジェークは『そんな場で変な言動をしたら、ガロア侯爵家の名前に傷が付きかねないから、こちらで手を打つ』と連絡してきたけど……。一体、どうするつもりかしら?)

 一抹の不安を覚えながらも、カテリーナはそれを兄夫婦に悟らせたりはせず、

何食わぬ顔で馬車から降り立った。


「ダオニール伯爵夫妻だ」

「さあ、行くわよ、カテリーナ」

「はい」

 執事に案内されてその屋敷の大広間に進んだ三人は、すぐに近くに当主夫妻の姿を認めて歩み寄った。


「ローバン殿、お久しぶりです」

「メルリース様、今回は義妹共々ご招待していただき、ありがとうございます」

「お二方には、初めてお目にかかります。カテリーナ・ヴァン・ガロアです。以後、お見知りおきくださいませ」

 先客の挨拶が済んだのを見計らって、三人が礼儀正しく挨拶をすると、ダオニール伯爵ローバンとメルリース夫人が笑顔で言葉を返した。


「やあ、ジェスラン殿、エリーゼ殿。息災そうでなにより」

「そちらが前々から噂になっているカテリーナ嬢ね。初めましてカテリーナ。せっかくご招待したのに凛々しいお姿を拝見できなくて、少し残念だわ」

「それは」

「メルリース様、せっかくコニール殿をご紹介いただけるのに、妹を男装をさせるなど失礼な事はできませんので」

 カテリーナが口を開こうとしたが、横からジェスランが割り込んで愛想笑いを振り撒いた。しかしそれを聞いた伯爵夫妻は、揃って申し訳なさそうな表情になる。


「それがな……。誠に申し訳無いのだが……」

「今日の夕方、急にコニールが『急用ができたから今夜は欠席する』と連絡してきまして」

「何ですって!?」

「こちらにいらしていないのですか!?」

「ええ。それでカテリーナ嬢の都合が良い時に、茶会や午餐会でも設定しようかと考えているのですけど」

 ジェスランとエリーゼが驚愕する中、カテリーナは一人安堵して納得した。


(なるほど。ナジェークが以前チラッと口にしていた通り、相手の方に何らかの働きかけか裏工作をしたわけね)

 そう察した彼女は、如何にも神妙そうに申し出る。


「そうですか……。ですが生憎と、私の勤務シフトが随分不規則なもので、参加をお約束しても確実に出席できるかどうか甚だ不安ですわ」

 その台詞に兄夫婦が、予想通り噛みついた。


「カテリーナ! お前、何を失礼な事を!」

「そうよ! せっかくメルリース様が場を設けようと仰ってくださっているのに!」

「ですがお兄様、お義姉様。お約束をした上で急に欠席などする羽目になったら、伯爵夫妻とコニール様に余計に失礼ではありませんか?」

「勤務変更など無視しろ!」

「それはできません。近衛騎士団の一員として働くとなれば、その自覚を持って陛下や殿下方の為に全力を尽くせと、お父様に言い聞かされておりますので」

「全く野蛮で恥ずかしいわね! 女なのに、好き好んで騎士団に入るなんて!」

 思わず場を弁えずに声を荒げてしまった二人だったが、主催者の二人は特に咎める事はせずにカテリーナに問いかけた。


「噂には聞いていたが、カテリーナ嬢は本当に近衛騎士団に所属しているのかな?」

「はい。クレランス学園を卒業後、入団して勤務しております」

「まあ……、それは色々大変ではないの? 特に貴族同士のお付き合いなどに、支障が出そうですね」

 メルリースが心配そうにそう述べた瞬間、ジェスランが我が意を得たりといった感じで言い募ろうとしたが、それを冷静なカテリーナの声が遮る。


「はい、誠にその通りで」

「いえ、日々勉強になる事ばかりで、毎日有意義に過ごしております」

「はぁ!? カテリーナ! お前、何を言っているんだ!?」

「無作法な騎士集団で、何が勉強になると言うの!? ふざけた事を言うのは止めなさい!」

(さて、ここからは予習した内容が役に立つというわけね。頑張らないと)

 ここでジェスラン達は更に声高に妹を叱り付け、今度はさすがにローバン達が不快そうに顔を歪める中、カテリーナは落ち着き払って話し始めた。

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