(9)陰謀、あるいは人助け

「でも……、今の話で納得できました。直に彼女に接してみて思ったのですが、これまで接した事のある貴族出身の生徒とは、どこか違う感じがしていました。違和感と言うか、雰囲気が貴族らしくないと言いますか。要するに、これまで貴族としての生活をしてこなかったことで、貴族として必要な教養が身についていないのですね」

 それを受けて、サビーネも自分の意見を述べる。


「婚約者がいる王太子殿下に平気で近付くなんて、ミンティア子爵が野心溢れる人で側妃狙いで近づけているのかと懸念していましたが、親とは没交渉なら違うようですね。真っ当な感覚の人間なら娘がそんな行為をしたら制止する筈ですが、そんな事実を知らないとなれば、二重の意味で納得です」

「確かに、さっきシレイアが言った『貴族らしくない』ところが、殿下には新鮮に映ったのかもしれないわね」

「そういうものですか……」

「単に失礼なだけのような気がしますが……」

 エセリアの指摘に、シレイアとサビーネは憮然とした表情になった。しかしサビーネはすぐに気持ちを切り替えたらしく、明るい表情で言い出す。


「でもそういう事情なら、彼女が入学してくれたのは好都合ですね。まさに打って付けです」

「サビーネ、どういう意味? 何に打ってつけだというの?」

 意味が分からずに、シレイアは不思議そうに問い返した。するとサビーネは真顔で解説してくる。


「だって考えてもみて。真っ当な判断力のある貴族なら、非の打ち所がない婚約者持ちの王太子殿下に娘を近づけさせないわよ。側妃狙いにしても、正妃を迎えた後の話だもの」

「それはそうよね。確かに玉の輿狙いで平気で近づけるのなんて、学内中探しても彼女くらいかもしれないわ」

「それに彼女だって、王太子殿下が正妃にと考えてくれれば万々歳じゃない。親からの持参金も援助もあてにできない下級貴族の娘なんて、結婚相手が平民の金持ちの後添いか、下手をすれば愛人扱いよ?」

 結構後がないアリステアの境遇を再認識し、シレイアはそれに多少同情しつつ頷く。


「確かにそうかも……。でもエセリア様との婚約を破棄してアリステアと結婚するとなったら、グラディクト殿下は王太子ではいられないんじゃない?」

「それはそうなる可能性が大きいわね。でもその場合、寧ろ好都合だと思うの。あの彼女が、王太子妃に相応しい教養と品格を、これから備えられると思う?」

 その問いかけに、シレイアは真顔で即答した。


「確実に無理だわ」

「そうでしょう? 婚約破棄なんて無理筋をやらかすような人間を王太子のままにはできないけど、グラディクト殿下がれっきとした王子なのは事実だもの。体面を保つために一代限りの大公家を興すとか、断絶した侯爵家を継ぐとかの話になるわよ。それなら子爵家出身の彼女でも周囲が非常識さに目をつむれば、正式に婚姻できる可能性は十分にあるもの」

 サビーネの指摘に、シレイアは納得して言葉を返した。


「ああ、なるほど。確かに廃嫡になって臣籍降下された元王子に娘を嫁がせようと考える貴族は少ないだろうし、エセリア様との婚約を破棄することで、あの二人の組み合わせが周囲から容認される流れになるのね」

「そういう事。それでも下級貴族出身の彼女には色々厳しいかもしれないけど、親の言いなりになって変な人間と結婚させられるより、はるかにましじゃない?」

「確かにそうよね。それなら私達が彼女と王太子殿下が近づくのを黙認しつつ、婚約破棄に持ち込むように水面下で動くのは、彼女のためでもあるのよね?」

「最初はどこの派閥が絡んでいるのかと疑心暗鬼だったけど、そういう事情ならある意味安心して、彼女を王太子殿下のお相手に推せるわ」

「そうね。ある意味、人助けと言えない事もないもの」

 サビーネとシレイアは、グラディクトとアリステアを騙して婚約破棄に持ち込む事に対して、これまで心の中で僅かに感じていた罪悪感を綺麗に消し去った。そしてこれまで以上に、婚約破棄に向けての意欲を見せる。そんな風に意見が纏まったところで、エセリアが話を締めくくった。


「二人とも、この事はローダスとミランとカレナには、私から話しておくわ。これからも色々面倒をかけると思うけれど、よろしくね」

「分かりました」

「お任せください」

(でも、本当に驚いたわね。まさか総主教会付属の修道院預かりの身だなんて……。そういえば財産信託制度の担当者って、誰だったかしら? 直にお会いした事はないけど、ケリー大司教様だったかな?)

 予想外にアリステアの境遇を知ったシレイアは、その流れで彼女の後見をしているであろう人物について、少しの間想像を巡らせた。

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