(12)さりげない情報操作

 クレランス学園入学後、シレイアは予想外に忙しくも充実した日々を送り、あっという間に初年度前期の日程が終了した。そして前期期末試験の結果と楽しい日々の思い出を土産に、意気揚々と自宅に戻った。


「お母さん、メルダ、ただいま!」

「シレイア、お帰りなさい。長期休暇中は、ずっと家にいるのよね。ノランがあなたが帰ってくるのを、ずっと楽しみにしていたのよ」

「お母さんったら。これまでも休日には、帰っていたじゃない」

「それはそうですが、これまでは一晩泊まって、すぐに寮にお戻りになっていたじゃありませんか。おかげで私は殆どすれ違いで、まともにお顔を見れませんでしたよ。本当に、お元気そうで良かった」

「メルダったら、泣くほどの事じゃないから」

 満面の笑みの母と涙ぐんでいるメルダを見て、シレイアは(これまでの休暇の時って、そんなにさっさと寮に戻っていたかしら?)と少し反省した。


 それから3人でお茶を飲みながら、シレイアは貴族が大勢いる学園内でお嬢様が虐められてはいないかと密かに気を揉んでいたらしいメルダに、平民貴族問わず多くの友人ができた事、前期の期末試験でローダスに次いで学年2位になった事を報告した。それを聞いたメルダはすっかり安堵した表情になり、「数多くの男子生徒に負けない成績を取れるなんて、さすがはお嬢様!」と上機嫌でシレイアを褒め称えた。

 その日はステラとメルダが腕を振るってご馳走を作り、夕食は一家3人が揃って笑顔で食べ進めた。



「シレイア、本当に学園生活は順調そうだな。成績も立派なものだ。ここまでやれるとは、正直思っていなかったよ」

「ええ、色々な意味で絶好調よ。さっき話した剣術大会の準備も、着実に進んでいるし」

「エセリア様は、本当に非凡な方ね。入学早々に、新しい行事を企画して実行に移せるなんて」

「ええ。エセリア様を間近で見て一緒に行動できて、毎日これ以上はないくらい充実しているわ」

 それまで休日に戻るごとに、シレイアは学園内での生活について報告してきた。これまで通り活気あふれる娘の様子を、ノランとステラは微笑みながら眺める。


「シレイア。そうすると特に困っている事とか、悩んでいる事とかは、特に無さそうだな」

(あ、今ならさりげなく話を切り出す、絶好のチャンスだわ)

 そこでノランが何気なく笑顔で口にした台詞に、シレイアは即座に微妙な表情と口調を装いつつ、話を切り出した。


「ええと……。困り事や悩み事というのとは少し違うと思うけど、ちょっとどうなのかなと思う事はあるかも……」

「うん? どういう事だ?」

「なにか、気になる事でもあるの?」

 途端に真顔になって話の続きを促してきた両親に対して、シレイアは神妙に話し出した。


「私がエセリア様と王太子殿下と同じクラスに所属しているのは、以前話したでしょう? だから自然とお二人の様子が分かるのだけど、あまり親しげではないのよね」

 それを聞いたステラが、心配そうな顔になる。


「あら……、婚約者同士であるお二人の仲が、あまりよろしくないの?」

「仲が悪いというのとはちょっと違うのだけど、考え方の違いから積極的に交流していないというか……」

「考え方の違いというと?」

「エセリア様は、積極的にこれまで交流のなかった下級貴族や平民の生徒と積極的に交流して、剣術大会の実行委員にもそういう人達を受け入れて場を盛り上げているの。でも王太子殿下は予め付けられた有力貴族の子弟である側付きの生徒や、以前から付き合いのある上流貴族としか交流していないのよ。平民の生徒を、虫けら同様に見下しているから」

「まあ……」

 それを聞いたステラは表情を曇らせたが、ここでノランが僅かに眉根を寄せながら窘めてきた。


「シレイア、少し言い過ぎではないのか? 王太子殿下にも言い分はあろうし、不用意に見知らぬ人物を近づけられない事情もおありだろう」

「それは私も重々承知しているつもりだけど、初対面での会話があんな感じだったし……」

「殿下と初めてお会いした時、何かあったのか?」

 心配そうに詳細を尋ねてきたノランに、シレイアは真顔で説明を続ける。


「入学してから半月は過ぎていたと思うけど、私とローダスが学園内のカフェでエセリア様と同席して話し込んでいたら、その場にやって来た王太子殿下が『お前達は見覚えがないから、下級貴族か平民だろう。誰の許可を得て、私の婚約者と同席している』と恫喝されたのよ。あまりにも馬鹿馬鹿しくて、これまで戻った時に一々口に出さなかったけど」

「そんな事があったの?」

「それで、どうしたんだ?」

 揃って驚いた表情になった両親に、シレイアは神妙に説明を続ける。


「エセリア様が、『二人は総主教会の総大司教子息と大司教令嬢で、博識で市井の事に詳しいから、自分から同席をお願いした』と庇ってくださったの。そうしたら王太子殿下は、なんて言ったと思う?」

「なんて仰られたの?」

「あからさまに馬鹿にした表情で『司教や司祭なら大人しく神の教えだけを下々の人間に説教していれば良いものを、最近では金儲けに走って浅ましい事だな』と、貸金業務のことを当て擦ったのよ」

「…………」

 それを聞いたノランは、険しい表情で押し黙った。そんな夫を横目で見ながら、ステラは押し殺した怒りの声を上げる。


「仮にも、次代を担う王太子殿下のお言葉とは思えないわ。国教会の貸金業務は王家にも了解をいただいて、きちんと法整備をされた上で運用されている事業なのよ? 学生同士の会話であったとしても、殿下の資質を疑うわ」

「ステラ、やめなさい」

「ですが、あなた!」

「勿論、貸金業務のそもそもの提案者で、公表されてはいないけど外部顧問の立場であるエセリア様が、黙って傍観している筈がないわ。自ら正論で論破されて、王太子殿下を撃退したの」

「それは当然よ。さすがエセリア様だわ」

 憤然としたステラだったが、娘の話を聞いてすぐに機嫌を直した。しかしシレイアは、憂い顔で畳み掛ける。


「エセリア様が王太子妃、ゆくゆくは王妃様になられたら、国政により良い影響を与えると私も思っているけど、それはあくまで、現国王陛下と王妃様の関係のように互いに信頼しあい、協力しあってこそじゃないかしら? 今のお二人を見ていると、王太子殿下は自分が身近に付けている人間の意見しか聞かないし、自分の好悪の感情で利益誘導を図るタイプの方に思えるの。はっきり言わせて貰えば、エセリア様と真逆なのよ。それに能力的には平々凡々な王太子殿下は、何かにつけて優秀さを評価されているエセリア様に嫉妬しているみたいで、もう少し謙虚さと」

「シレイア、そこまでだ。憶測で誹謗中傷を語るなど、もってのほかだぞ?」

 自分の話を遮ってきたノランに、シレイアは反抗したりせず、おとなしく頷いた。


「はい。王太子殿下に対して失礼でした」

「……分かれば良い。学園内でも、言動に気をつけなさい」

 そこで夫が憂い顔で溜め息を吐いたのをみて、ステラが困ったように呟く。


「エセリア様が優秀過ぎるのも、そういう意味では良し悪しなのね。でもエセリア様の才能に嫉妬するなんて、本当に子供じみていると思うわ」

「そうは言うがな、王太子殿下もまだお若いのだし、これから分別をつけられるだろう。そうすればエセリア様がどれだけ得難いお方なのか、嫌でもお分かりになるだろうさ」

「本当にそうよね。お父さんお母さん、変な事を口走って、本当にごめんなさい。要は、学園生活で不満や不安に思っているのは、これくらいだって言いたかったのよ。本当に何事も順調だから、安心してね?」

 シレイアが苦笑しながら明るく弁解すると、ノランとステラは安堵したように微笑んだ。


「なるほど。それもそうだな。王太子殿下への対応は難しいだろうが、礼を逸しないように気をつけなさい」

「でもエセリア様が蔑ろにされるのを、傍観したりしては駄目よ?」

「ステラ、変に唆すな」

「あら、王太子殿下がエセリア様に横柄な態度を取ったりせず、礼節を守っていただけるのならそもそも問題にはなりません」

「もう〜、変な事で言い争わないでよ。エセリア様達は互いに目の敵にして、いがみ合っているわけじゃないんだから。ああ、もう、本当に失敗したわ」

「分かった、シレイア。この話はここで終わりだ」

「お二人が在学中に、距離を縮められると良いわね」

 論争に発展しかけた両親を宥めつつ、シレイアは(さりげなく王太子殿下の横暴ぶりと、エセリア様との反目を印象付けられたわね。実際に婚約破棄になったら国教会内が大混乱だし、必要以上に王太子殿下を推したりしたら目も当てられないもの。計画実行までに、少しずつ婚約破棄と王太子殿下の廃嫡やむなしの空気を作っておきたいわ)などと、不穏な考えを巡らせていた。





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