(16)ちょっとした余興

 一方で、傍目には意気投合して話し込んでいると思われていた二人だったが、カテリーナの方は話し始めた直後からうんざりしていた。


「まあ! エスター様は、随分お世辞がお上手ですのね」

「とんでもない。あなたの美しさを語るには、まだまだ足りません」

「そんな……。恥ずかしいですわ」

「本当にあなたの事を知らずに、好き勝手に噂を流している恥知らずなど、私が纏めて成敗してやりたい位です」

 そんな威勢の良い事を聞きながら、カテリーナは苦労して笑顔を保ち続けた。


(良くもまあ、上っ面だけの美辞麗句を、これだけ並べ立てられる事。それにまともに剣も握った事の無いような綺麗な手で、臆面もなく成敗云々とか言えるものね。呆れて物が言えないわ)

 笑顔の裏で、カテリーナがそんな辛辣な事を考えていると、割と大きなケースを手に提げたイズファインがやってきた。


「やあ、カテリーナ。先程話していた、プレゼントを披露したいのだが」

「あら、イズファイン。構わないわよ? 一体何を持って来てくれたの?」

(絶好のタイミングで来てくれたわね。それともこの人が、お義姉様の仕組んだ縁談相手と察して、来てくれたのかしら。……多分、そうでしょうね)

 しかしカテリーナが素知らぬふりで尋ねると、まずイズファインは布袋を彼女に手渡す。


「まずはこれだ。開けて中身を見てくれ」

「何かしら?」

(これは私が頼んでいないから、純粋にイズファインが選んでくれた物でしょうけど……)

 不思議に思いながら袋の口を開けて、中身を取り出してみたカテリーナは、意外そうに目を見張った。


「革の手袋? しかも指先は開いているから……」

「ああ。剣術の訓練用だよ」

 そこでカテリーナ、早速両手に填めてみた。


「凄い……。誂えたように、私の手にぴったりだわ。イズファイン、ありがとう!」

「お礼を言うのはまだ早いさ。次はこれだ」

「まあ! 何て素敵な剣かしら!」

「…………」

 イズファインが開けたケースの中には、女性用の細身の剣が入っており、中身を知っていたカテリーナはわざと歓喜の声を上げた。そして眉根を寄せるエスターを無視し、せっかく話し込んでいる二人の邪魔をしないようにとエリーゼが離れた場所にいるのを幸い、その剣を取り上げて鞘から刀身を抜き、惚れ惚れとした口調で誉める。


「ちょうど良い重さね! 柄も握りやすいし、刀身も綺麗だわ!」

 そう言いながらエスターから数歩離れたカテリーナは、呆気に取られている彼に見せ付けるように、素早い動きで剣を振るい始めた。


「はっ! えいっ! 本当に理想的ね!」

「カテリーナ! あなた、何をやっているの!」

 さすがに義妹の行為に気が付いたエリーゼが、鋭い声で叱責しながら駆け寄って来たが、その前にカテリーナがエスターの眼前に、勢い良く剣を突き出した。


「てやぁあぁぁっ!」

「ひいぃぃぃっ!」

 勿論、カテリーナにはエスターを傷付ける気は毛頭無く、彼の鼻先で剣先がピタリと制止したが、本気で度肝を抜かれたエスターは、情けない悲鳴を上げてその場に尻餅をついた。その醜態を目の当たりにした周囲から、失笑が漏れる。


「まあ……、何て無様な……」

「奥様、あれをご覧になって?」

「剣を突き付けられて、腰を抜かしたか」

「驚いたのは分かるが、情けなさ過ぎるぞ」

「きゃあっ! エスター! 大丈夫!?」

「カテリーナ! あなた、何をするの!」

 そしてラリーサの悲鳴とエリーゼの怒声が響き渡る中、刀身を元通り鞘に収めたカテリーナが、笑いを堪える表情でエスターに手を伸ばしながら、穏やかに声をかけた。


「エスター様、大丈夫ですか? 先程成敗云々と仰っておられましたので、よほど腕に自信がおありかと思いまして。きちんと鼻先で止めたのですが、そんなに驚かれるとは思いませんでしたわ。どうぞ私の手に、お掴まり下さい」

 しかし見下ろしながら差し出してきたカテリーナの手を払いのけたエスターは、羞恥と怒りで顔を歪めながら勢い良く立ち上がった。


「貴様は見た目だけの、とんだ乱暴女だな!! 失礼する!!」

「エスター! 大丈夫!?」

「エスター様、義妹が大変失礼いたしました。カテリーナ! エスター様に謝罪なさい!」

 ここでラリーサとエリーゼが駆け寄って来ると、彼はエリーゼを完全に無視して母親に告げた。


「帰ります。こんな不愉快な場には、一秒たりとも居たくありません」

「ええ、そうね。本当に失礼な方々ばかりだわ。二度とガロア侯爵家の方に、お目にかかるつもりはありません。今後はお見かけしても声はおかけしませんから、そちらもご挨拶などしないで頂戴。目障りだわ」

「侯爵夫人! エスター様もお待ちになって!」

 憤然として吐き捨てるように宣言し、踵を返したラリーサ達に、エリーゼは必死の面持ちで食い下がったが、その姿が広間の外に消えてすぐに、室内は元通りの落ち着いた雰囲気に戻った。


「見事に一件破局だな」

 イズファインがケース片手に囁くと、カテリーナが立役者の彼に、心から礼を述べる。

「協力、どうもありがとう」

「どういたしまして。それから手袋に関しては、ナジェークから預かった物だから」

 それを聞いたカテリーナは、驚いて目を見張った。


「彼から?」

「ああ。因みにそれ一双だけを作ったわけではなくて、三十双程作らせた物の中から、君の手に合う物を選んだそうだ。君には内緒だと言っていたから、正確なサイズなど分からない筈なのに、どうやって選別したのやら」

「少し前に、散々両手を握られたり触られたりしたけど……。それでかしら?」

「…………」

 考え込みながら推測を述べたカテリーナだったが、それを聞いたイズファインは、何とも言い難い微妙な顔つきになった。


「やっぱりあの人、変人ね。手を触って撫で回しただけで、細部の寸法を測れるなんて」

「する方もする方だが、好き勝手にさせる君もどうかと思うぞ?」

「そうかしら?」

 そこでイズファインは、出入り口の扉を横目で見ながら、彼女に注意を促した。


「ところで、ユーロネス侯爵家に振り切られたエリーゼ様が、そろそろ戻って来る頃では無いかな?」

「そうね。さり気なくお父様とお母様の所に行っているわ」

「そうした方が良いな」

 そこで彼と別れたカテリーナは剣を執事に預けて両親の元に向かい、さり気なく招待客との会話に混ざった。すると予想通り、あっさりラリーサ達に袖にされたエリーゼが広間に戻り、すぐにカテリーナを見付けて憤怒の形相で詰め寄って来る。


「カテリーナ! あなたエスター様にあんな恥をかかせて、どういうつもりなの!?」

「そうですね。ご本人が、いかにも腕に覚えがあるような事を仰っておられましたので、剣の動きなど簡単に見切られるだろうと判断しましたの。ちょっとした余興に協力していただこうと思いましたのに、残念でしたわ」

「余興!? ちょっとですって!?」

 しおらしく、如何にも残念そうに告げたカテリーナを見て、エリーゼは益々激高したが、それに反してジェフリーとイーリスは淡々と相槌を打った。


「全く、あれ位であんな悲鳴を上げるとは情け無い。遠目で見ても、カテリーナは明らかに彼の顔の前、指一本分は間隔を開けて止めていたぞ」

「仮にカテリーナの技量が分からずに刺されるかもしれないと思っても、素早く左右に避けるなり、打ち払えば良いだけの話でしょう?」

「イーリスの言うとおりだな。しかも傷付けられたわけでも無いのに、あの体たらくとは」

「カテリーナは持参してくれた祝いの品を、その場で検分しただけよ。向こうが勝手に怖じ気づいて醜態を晒したのに、どうしてカテリーナが責められなければならないの?」

「何ですって?」

「ですが、父上。カテリーナの振る舞いは」

 険悪な空気を隠そうともしないエリーゼを見て、ここでジェスランがカテリーナを非難しようとしたが、ジェフリーが渋面になりながら息子に意見を求めた。


「ユーロネス侯爵家とはこれまで殆ど交流が無かったが、跡継ぎがあれでは心許ないな。突き出された剣を受けもかわせもせず、ただ腰を抜かして喚き立てるなど、当主たる資格があるとも思えん。ジェスラン、そうは思わないか?」

「あ、は、はい! 全くその通りです!」

「あなた! 何を言っているのよ!」

 慌てて賛同したジェスランをエリーゼが横から小声で叱責したが、ジェフリーは鋭く息子を見据えながら言葉を重ねた。


「勿論お前は、人前であのような醜態を晒したりはしないだろうな?」

「ご冗談を。まかり間違っても、そのような真似はいたしません」

「それならば良い」

「本当にそうね。自分の息子があんな情け無い姿を晒したら、私恥ずかしくて死んでしまいそうだわ」

「そんなご心配は無用です、母上」

「出来の悪い子息を持って、侯爵夫妻が気の毒だな」

「本当にそうですわね」

「…………っ!」

 下手にエスターの擁護をすれば、自分まで次期当主の資格なしと言われかねないと判断したジェスランは、あっさりと両親の意見に賛同し、愛想笑いを振り撒いた。そしてカテリーナを糾弾する空気など微塵もなくなったその場から、エリーゼが歯軋りして立ち去る。


「あの乱暴者の小娘がっ! 剣を振り回して、恥じる事もしないなんて! しかもそれを容認している馬鹿親達も、揃いも揃って救いようがないわね!!」

 そんな悪態を吐きながらエリーゼが広間を出て行くのを眺めていたイズファインは、一連の出来事を報告した時にするであろうナジェークのしたり顔を想像して、一人肩を落としていた。

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