(8)大司教としての来訪

 その日の授業がすべて終わってからシレイアが本校舎の正面玄関に向かって歩いていると、背後から声をかけられた。


「シレイア、これから剣術大会実行委員の会議に行くの? それなら一緒に行きましょう」

 小走りで追いついたサビーネが並びながら誘ってきたが、シレイアは申し訳なさそうに断りを入れる。


「ごめんなさい。今日は父がハーバル教授に会いに来るから、これから出迎えて一緒に図書室にいく予定なの」

 それを聞いたサビーネは一瞬怪訝な顔になったものの、すぐに思い当たった内容を口にした。


「シレイアのお父様が? あ、ひょっとして保護者としてではなくて、総主教会の大司教の立場としていらっしゃるのかしら?」

「その通りだけど、良く分かったわね」

「だって学園内で貴族が平民を威圧しないように、原則家族は来園見学禁止だもの。各種行事で来賓として呼ばれるならともかく、保護者が呼び出されるなんよほど成績が悪いか、素行が悪いかどちらかじゃない。それもよほどのことが無いとされないって話だし。シレイアはどちらの可能性も皆無だもの」

「ありがとう」

 褒められたシレイアは、素直に礼を述べた。するとサビーネがここで表情を一変させ、溜め息まじりに告げる。


「あのアリステアさんもね……。相当評判は悪いし成績も悪いらしいのに、親が呼び出されている気配は無いし。この辺りは学園の規定が厳しいのを、感謝するべきなのかしら?」

「微妙なところよね……」

(成績が悪いだけで呼び出されるなら、とっくにケリー大司教に連絡がいっているはずだものね。それは助かっているけど……、でも、彼女はミンティア子爵家令嬢として登録されているだから、連絡がいく場合、子爵家の方なのかしら? でもエセリア様の話ではケリー大司教様が諸々の手続きをして、貴族に負担が義務付けられている学費も総主教会が管理している財産の中から納入したはずなのに、そこら辺はどうなっているのかしら?)

 歩きながら思わず考え込んでしまったシレイアだったが、続くサビーネの台詞で思考を遮られた。


「そういえば彼女の事だけど、エセリア様から聞いた?」

「え? 何の事?」

「彼女の話から、殿下が何やらオリエンテーションを利用して、彼女の交友関係を広げる事を目論んでいるらしいと分かったの。それをエセリア様に報告したら、『おそらく校内探索会で目当ての有力貴族の子弟に予め答えを書き込んだ用紙を渡して、恩を売るつもりではないか』と仰っていたのよ」

 リアーナとしてアリステアと接触した時の事を交え、サビーネが簡単に説明した。それを聞いて、シレイアは納得したように頷く。


「やっぱり……。エセリア様もその可能性に言及していたわ」

「え? もしかして、もっと前からお気づきだったの!?」

「確信するまでには至っていなかったけど、この前私とミランが残った時にその可能性について話されて、それの対抗策というか向こうの思惑を封じる策を立てられたの。実は今日父が学園に来るのは、その一環でもあるのよ」

 思いがけない事を聞かされて、サビーネは驚くと同時に興奮気味に言葉を継いだ。


「そうだったの! さすが、エセリア様ね! それに総主教会の大司教でもあるお父様を動かしてしまうなんて、シレイアもすごいわ! 当然、本来の意図を隠しての上でしょう?」

「そうなのよ。かなり冷や冷やしたし、正直今日もこちらが思う通りに話が進んでくれるか、見通しが立っていないんだけど」

「シレイアが絡んでいるなら大丈夫よ。絶対に上手くいくわ! 自信を持って!」

「ありがとう、サビーネ」

 満面の笑みで保証してくれたサビーネに釣られて、シレイアも自然に笑顔になった。するとサビーネが、決意漲る口調で述べる。


「さあ、そうと決まれば、私も裏工作を頑張らないと。早速あの三人に、話をつけにいかないとね」

「あの三人って?」

「今年の新入生の中に親しくしている又従妹と、どう考えてもグラディクト殿下に与するとは思えない生徒が二人いるのよ。その三人に、予め色々言い含めておくつもり」

 それを聞いたシレイアは、すぐに言わんとするところを察した。


「なるほどね。切り崩しやすいところから、取り込んでおくってことか」

「そういうこと。それじゃあ、お互い頑張りましょう」

「ええ。それじゃあまたね」

 お互いの進行方向が分かれる所で、二人は笑顔で手を振って歩き出した。





「お父さん、いらっしゃい。というのも変かしら?」

 シレイアが正面玄関に到着するとちょうどノランが来訪し、玄関横にある事務係官が控えている部屋で、学園の出入りを管理する冊子にサインしているところだった。そして娘の呼びかけに記入を済ませたノランは顔を上げ、苦笑いで応じる。


「はは……。確かに、ちょっと変だな。まさかこんな形で学園内に足を踏み入れることになるとは、夢にも思ってなかったよ」

「実は事務係官の方に事前に了解を貰って、私が案内することにしてあるの」

「いや、そんな特別待遇は……」

 シレイアが事情を説明すると、ノランは困ったように傍らの事務係官に向き直る。しかし彼は笑顔でノランを促した。


「せっかくですからどうぞ。シレイアさんは入学以来成績優秀、品行方正で教授方からの評判も良いですし、問題ありませんよ。それに今日は偶々、私どもの仕事が立て込んでいまして、申し訳ありませんがご案内できそうにありませんので」

 そこまで言われてしまって断れなかったノランは、軽く頭を下げる。


「それではお言葉に甘えまして、娘に案内して貰います」

「大司教様、どうぞごゆっくり」

 笑顔で頷いた事務係官に揃って会釈をしてから、シレイア達は並んで歩き出した。


「本当だったら、小言の一つも言わなければいけない所だと思うのだが……」

 少々困り顔で独り言のように呟く父親を見上げながら、シレイアは笑いを堪えるような口調で告げる。


「お父さんは、肝心な所で私に甘いものね? お母さんには内緒にしておきましょうね?」

「そうだな」

 最近聞いたばかりの台詞を耳にしてノランも噴き出しそうな表情になり、二人は楽しげに話しながら図書室へと向かった。




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