(27)思わぬ知らせ
水面下で準備が進められていた婚約式について、中心になって動いている者達が集まった席で、シレイアは他の者達と顔を合わせるなりがっくりと項垂れて泣き言を漏らした。
「三人とも、ごめん……。私、ぶち壊したかもしれない……」
「シレイア? 一体、どうしたのよ?」
かつての学び舎、総主教会付属修学場の一室で、シレイアがいきなり机に突っ伏した事で、その日仕事が休みで集まったエマ、レスター、イシュマは怪訝な顔を見合わせた。しかしそのまま放置するわけにもいかず、エマがシレイアに説明を促す。それに従い、シレイアはアイラとのやり取りを包み隠さず報告した。
「それで、婚約式開催を渋るアイラさんを説得するために、家族を見返すために婚約式について知らせたらどうか的な話でアイラさんの平常心を揺さぶってみて、あわよくば対話の機会に繋げたいと思ったんだけど、それが成功したのか失敗したのか分からないままで……。それが先週の話で、今現在、アイラさんとまともに会話ができない状態が続いていて……」
沈鬱な表情のまま一通り事情説明を終えたシレイアは、俯き加減のまま黙り込んだ。大きな机を囲んで座っていた他の三人は、さすがに事の成り行きに呆気に取られる。
「避けられているわけ?」
「私だけじゃなくて、アイラさんの周囲の空気が怖くて、皆が遠巻きにしているというか……。その原因が私だと寮の皆が薄々察していて、私も遠巻きにされている状態で……」
「寮暮らしでそれは、相当気まずいわね……」
現状について確認を入れてみたエマは、シレイアの返答に重い溜め息を吐いた。そこで少し前から何やら考え込んでいたレスターが、唐突に尋ねてくる。
「シレイア。それ、先週の話って言ったよな? 正確には何日前なんだ?」
「十日前だけど。それがどうかしたの?」
「アイラさんの家族を招待するなら、実家の場所を確認しておかないといけないだろう? それで一昨日、過去の修学場の記録を確認して、実家の刃物商に客として行ってみたんだよな」
「え?」
予想外の話に、シレイアとエマは揃ってキョトンとした顔つきになった。イシュマも半ば呆れながら、レスターに問いかける。
「はぁ? お前、『客として行った』って、一体何をやってるんだよ。婚約式の話をしに行ったわけじゃないのか?」
それにレスターが、冷静に言葉を返す。
「まだ正式開催が決まっていないのに、何をどう言うんだよ。話をする前に、まず家族の反応を密かに確認しておこうと思ったんだ。絶縁状態だと伝え聞いていたし」
「それは分からないでもないが。それで?」
「惚けて『そう言えば店主には、官吏になった妹さんがいると噂で聞きましたが、偶にはご実家に顔を見せに来るんですか?』と、買い物をしながら世間話の一つとして聞いてみた」
真顔でのレスターの報告を聞いた三人は、何をやっているのかと本気で頭を抱えた。
「そんな直接的な……」
「いきなり聞いたわけじゃないのよね?」
「大胆過ぎるぞ。因みに、なんと答えたんだ?」
「店主が……、アイラさんのお兄さんだな。彼が『妹はしばらく帰っておりませんが、珍しく手紙が来て近々顔を合わせる事になりましてね』と微妙な顔で言っていた」
レスターの口調は淡々としたものだったが、それを聞いた瞬間、他の三人は顔色を変えて食いつく。
「なんでそれを最初に言わないのよ!!」
「その手紙には、なんて書いてあったの!?」
「それで? お兄さんはいつ、どこで顔を合わせるって言ってたんだ?」
「いや、世間話の範囲だからな。話はそこで終わった。初回の客が下手に追及しても、不審がられるだけだろう」
レスターの説明に三人は納得しつつも、その顔に揃って落胆の色を浮かべる。
「それはそうよね」
「でも気になるわね。これまで音信不通だった家族に、アイラさんが連絡を取ったわけだし」
「シレイアの働きかけで、取り敢えず話をするつもりになったんじゃないのか? それだけでも前進だと思うが、できれば直にその詳細を知りたかったな」
ここで再び、レスターが思いもよらない事を口にした。
「二人の話の内容を聞こうと思えば聞けるぞ? 場所と日時を確認したから」
「え?」
「五日後の午後二時。マキャベリー通りのカフェ、カドリアで待ち合わせだ」
「…………」
平然とレスターが告げた内容を、シレイア達は唖然としながら聞いた。その場に少しの間沈黙が漂ってから、シレイアが慎重に確認を入れる。
「レスター。どうしてそれを知っているの? お兄さんには聞いていないのよね?」
「調べた」
「調べたのは分かっているの。どうやって調べたのかを聞いているのよ」
「それなりに」
「あのね……」
「皆の精神衛生上、聞かない方が良いと思う」
「…………」
その場に再び何とも言えない静寂が満ちる中、シレイアは目の前の人物の職務内容を思い返していた。
(ああ、うん……。レスターは、シェーグレン公爵邸勤務の執事って肩書だけじゃなくて、シェーグレン公爵嫡男直属で、公爵家密偵組織の一員だものね。もしかして……、いえ、確実に敷地内の不法侵入とか秘密裏の家宅捜査が得意というか、それが任務に係わってくるのが多い筈……)
目の前の人物が、以前自分にうっかり漏らした内容について、これ以上触れないでおこうとシレイアは即断した。
「分かった。これ以上聞かない」
「そうしてくれ。それで俺は取り敢えずその場に出向いて、事の次第を確認する。酷く揉めそうになったら、割って入って止めるから安心してくれ」
少々強引にレスターが話を進めると、ここでエマとイシュマが申し訳なさそうに謝罪してくる。
「気になるけど、私、その日は仕事だし無理だわ。レスター、万が一の時は収拾よろしく」
「俺もその日は駄目だ。なんかお前ばかりに働かせて悪いな」
「構わないぞ? 普段の仕事と比べたら精神的に楽だし、お世話になったマルケス先生に少しでも恩返しできるなら、これくらいお安い御用さ」
「お前……、本当に性格が変わったよな……」
修学場に在籍していた頃は問題児のイメージしかなかったレスターの変貌ぶりに、イシュマは改めてしみじみとした口調で感想を述べた。ここでシレイアが、語気強く宣言する。
「決めた! 私、なんとしてでも五日後に休みを取る!」
「シレイア?」
「お前、れっきとした官吏なのに、そんな急に休みなんて無理じゃないのか?」
「無理しない方が良いぞ?」
さすがに他の三人が心配そうな顔つきになったが、彼女の決意は変わらなかった。
「取ると言ったら取る! 私の発言で、アイラさんが行動を起こしたんだもの。私が責任を取らずにどうするのよ!?」
「『責任を取る』って、どうするつもり?」
「相も変わらず家族が無理解で、アイラさんがまた傷つくような事態になったら、その場でアイラさんに土下座して謝る! そして、分からず屋の兄貴を再起不能になるまでぶん殴る! たった今、そう決めたわ!」
「ちょっと待って、シレイア! お願いだから冷静になって!」
「そうだぞ。気になるのは分かるが、お前が意気込んでも仕方がないだろ」
シレイアの決意を聞いてエマは顔色を変え、イシュマは呆れながら宥めようとした。するとここで、レスターがやんわりと会話に加わってくる。
「二人とも安心してくれ。シレイアが土下座するのは止めないが、お兄さんを殴りそうになったら、俺がきっちり止めてその場を収める。それはそれとして、アイラさんのご家族は来なくても、婚約式を開催する方向で話を詰めないか? 日時と、会場は修学場を借りるのはほぼ決定しているから、晴天なら中庭で開催。雨天や雲行きが怪しいなら教室とホールを使用で良いよな? 招待客のリストは大体こんな感じで、飲食物の手配はこの店舗に内々に見積もりを出して貰っているから見て欲しい」
「…………」
全く動じる様子を見せず、サクサクと話を進めてくるレスターに、無言になった三人の視線が集まった。それを受けて、レスターが不思議そうに問い返す。
「皆、黙りこくってどうした?」
その問いかけに、シレイア達は顔を見合わせてから、もう何度目になるか分からない台詞を口にする。
「本当に、変われば変わるものね……」
「お前、本当にあのレスターか?」
「なんなの、その貫禄と落ち着きっぷり」
「そうか? 自分では良く分からないが」
不思議そうに首を傾げたレスターを見て、三人は顔を見合わせて笑い出し、釣られてレスターも笑みを浮かべた。四人はひとしきり笑った後、アイラと実家の確執については取り敢えず横に置いておき、婚約式の準備についての話し合いに入る。
(不安要素満載だけど、とにかくアイラさんがご家族と向き合ってくれる気になったんだから、それは良しとしないと。話がどう流れても、できるだけの責任は取りたいから、当日は絶対その場に乗り込まないとね)
一つずつ必要な事を確認して決めていきながら、シレイアは一人決意を固めていた。
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