(10)底知れないシェーグレン公爵家

「一通り婚約披露の場の打ち合わせが終わりましたので、この場をお借りして、そちらにお知らせしておきたい事があるのですが」

「お恥ずかしい話で、真に申し訳ございません」

 夜会の打ち合わせにカテリーナが両親と共にシェーグレン公爵邸を訪れ、話に一区切りついたところで、ジェフリーとイーリスが恐縮気味に申し出た。


「改まって何事でしょうか?」

「ダトラール侯爵家に関する事です」

 怪訝な顔になったディグレスとミレディアだったが、ジェフリーが端的に告げただけで、合点がいった様子で頷く。


「ああ、確か……、現侯爵の妹が、そちらのご長男の妻女でしたか」

「でも、ご長男は離婚されて、その奥様はそちらに子供を置いて、実家に戻られたと聞いていましたが?」

「その通りです。しかし先週、恥知らずな申し出をして参りまして」

 そこでジェフリーが、十日程前のトラブルの概略を伝えると、ディグレスとミレディアは揃って驚いた表情になる。


「それはそれは……、中々厚顔無恥な方だったようですな……」

「なるほど。それでその方達が、今後こちらに接近してくるかもしれないと、懸念しておられますのね?」

「はい。ご迷惑をおかけする可能性がありますので、お知らせしておこうと思いました」

(ダトラール侯爵家と揉めた件は、ルイザとナジェーク経由でシェーグレン公爵家に既に伝わっている筈なのに、初めて聞いたとしか思えない様子がさすがだわ)

 密かにカテリーナが感心していると、シェーグレン公爵夫妻が穏やかな口調で告げてくる。


「心配ご無用です。私どもとしても、そのような方々を親戚扱いするつもりはございません。公の場で世迷い言を口にするようなら、徹底的に排除するだけですわ」

「ミレディアの言う通りです。他家の威光にすがろうとする姿は醜悪でしかありませんからな。好き好んで関わりたいと思う家は、ごく少数でしょう」

「元々あの家の領地はそこそこ広さがあっても、二代ほど前から作物の収穫量が落ちている上、特産品も振るわずに収益が落ちておりますもの」

「土壌を改良したり、流通を整えるなどの努力も怠り、周辺の伯爵領や男爵領とすら見劣りするありさまですし」

「そろそろ他領との売買に関して制限を設けたり、出入りの商人に無茶ぶりをしたり、屁理屈をつけて法定以上の収税をして領民から不満の声が上がる頃ではないかしら?」

「そんな問題が頻発するならば、王家も黙っているわけにはいかないからな。取り潰しまではいかないだろうが、当主のすげ替え位はする可能性はあるだろう」

「幸いなことに、聞くところによると、現当主の叔父や従兄弟に中々優秀な方が幾人かおられるとか。それであれば、ダトラール侯爵領の民は安心ですわね」

「全くだな。領民あっての貴族であり、王家も存続すわけだから」

「はぁ……」

「そうでございますか……」

(なんだかダトラール侯爵家や領地の内情に精通されておられる上、既に当主変更に向けて、何らかの手を打っておられる感じがひしひしと……。深く考えるのは止めておこう。私は何も聞いていないわ)

 平然とダトラール侯爵家の内情を暴露しつつ辛辣に評しているシェーグレン公爵夫妻に、ジェフリーとイーリスは呆気に取られながら相槌を打つのみだった。ナジェークの水面下での工作活動を疑ったカテリーナが、反射的に向かい側に座っている彼に視線を向けると、無言のまま意味深に微笑まれて頭痛を覚える。

 そんな微妙な空気の中、ディグレスとミレディアが話題を変えてきた。


「ところで、現時点で決めなければいけない諸々についての話し合いは終わりましたし、これからは親交を深めるために少しざっくばらんにお話ししたいのですが」

「実は娘達が、是非カテリーナさんと親交を深めたいと言うので、こちらの話し合いが済むまで第二応接室で待機させていたの。私達はここでご両親とお話ししているので、娘達と顔を合わせて貰えないかしら?」

 突然の申し出に動揺しながらも、ここで断る選択肢など存在する筈もなく、カテリーナは慌てて頷く。


「え? はい、そういうお話であれば、勿論ご挨拶させてください! エセリア様とはこの前、ティアド伯爵家での夜会で紹介していただきましたが、『娘達』と言うことはクリセード侯爵家に嫁がれたコーネリア様もいらっしゃるのですね?」

「ええ、そうよ。婚約披露の夜会には呼ぶつもりだったし、今日の予定は特に伝えていなかったのに、どこかからあなたが来ることを聞き付けて押し掛けてきて。急な話で申し訳ないわ」

(さすがはナジェークのお姉様と言うべきかしら? 色々な意味で普通の貴族の奥方とは違う気がするわ)

 ミレディアが申し訳なさそうに口にした内容で、カテリーナはコーネリアの底知れなさの一端を垣間見た気がした。


「いえ、コーネリア様との顔合わせはまだ先かと考えていましたので、思いがけずご挨拶することができて嬉しいです。それでは今からそちらにお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、そうして頂戴。ナジェーク。ちゃんと案内して紹介してね?」

 そこでナジェークが立ち上がり、両親とジェフリーとイーリスに向かって断りを入れる。


「お任せください。それではカテリーナをお借りします」

「ああ、よろしく」

「いってらっしゃい。きちんとご挨拶してきてね」

 ジェフリーとイーリスにも異論はなく、カテリーナは両親に見送られてナジェークと共に廊下に出た。


「ダトラール侯爵家のこと、絶対に仕組んだわね? しかも以前から水面下で、何らかの策を巡らせていたわよね?」

 二人で廊下を歩き出してすぐにカテリーナが尋ねると、ナジェークが全く悪びれずに答える。


「明確な方向性を持っていたわけではないが、ガロア侯爵家の縁戚の中で、明らかに問題になるのはあの家だけだ。あの女が君の兄嫁のままだったら仕方がないと諦めるところだったが、離縁してくれたのは幸いだったな」

「実は首の皮一枚で繋がっていたのに、それを自ら切り落としてしまったわけね。でもそこまで追い込むなんて、普通はしないものよ?」

「あいにく、我が家は普通ではないからね。君にも追々慣れてもらう必要があるが。手始めに単に優秀な私と違って、本当に非凡な姉と妹に会ってもらおうか」

 それを聞いたカテリーナは、思わず溜め息を吐いた。


「心の準備ができていないわと文句を言いたいところだけど……。お二人相手にどんな心の準備をすれば良いのか皆目見当がつかないから、今でも後でも同じよね。もう諦めがついたわ」

「間違ってはいないな。だが二人とも気難しくはないし、性格がねじ曲がったりしてはいないから安心してくれ。少々思考回路が難解過ぎて、凡人には予想もつかない言動をするだけだから」

「……不安を煽らないで」

「おかしいな。安心させるつもりだったのに」

 うんざりした表情で呻くように文句を口にしたカテリーナに、ナジェークは楽しげに笑いかけてから第二応接室のドアをノックした。

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