(39)ちょっとした仲介

 ある日、一日の仕事を終えたルーナが使用人用の食堂で夕食を取っていると、顔見知りのメイドから声をかけられた。

「ルーナ、お疲れ様。隣、良いかしら?」

「ジェリーさん、お疲れ様です。どうぞ」

「ありがとう」

 女主人であるミレディア付きのジェリーには、普段から何かと世話になっており、ルーナは快く空いている隣席を勧めた。対するジェリーは笑顔で椅子に座って運んできた夕食を食べ始めたが、さりげなく話を切り出す。


「もうすぐエセリア様が長期休暇でお戻りになるから、ルーナも忙しくなるわね」

「でも本来なら、毎日エセリア様のお世話をする立場なわけですから」

 ルーナは思わず苦笑いで返したが、ジェリーが真顔で話を続けた。

「それはそうだけど、ルーナはエセリア様が寮に行っておられる間は、あちこちの仕事をこなしてどこでも働けるようになっているじゃない? エセリア様が王宮に行かれた後も、どこでも働けるわよね?」

「え? エセリア様が王宮に行かれる? いつもすぐお戻りになっていますが?」

 何を言われたのか咄嗟に判断できなかったルーナは当惑したが、その反応でジェリーは笑いを誘われたらしく、明るく指摘してくる。


「嫌だ、ルーナったら! エセリア様がクレランス学園を卒業後に王太子殿下とご結婚されたら、このお屋敷を出て王宮でお暮らしになるじゃない。忘れたの?」

「あ……、そう言えばそうですね。その辺りのことが、すっかり抜け落ちていました」

(でもエセリア様の手腕にかかったら、そんな日は永遠に来ないと思う)

 言われたような展開にはならないだろうと思ったものの、ルーナは笑ってごまかした。するとジェリーが、再び真顔になりながら話を続ける。


「それで話を戻すけれど、エセリア様がご結婚されたら、ルーナが王宮に付いていく可能性は低いし、専属を離れたらどうするつもりなのかなって思ったのよ」

「ええと……、すみません。『どうするつもり』とは、どういう意味ですか?」

「だから、ルーナは元々ご領地の館の勤務だったじゃない? 家族も領地にいる筈だし、そっちでの勤務を希望するのかしら?」

 その説明を聞いて、ルーナは漸くジェリーの問いかけの意味が分かった。


「ああ、そういう意味ですか……。今の時点では、まだ全然考えてはいませんね。たまには顔を見せに帰ってくるように伯父夫婦達に言われていますが、領地での勤務に戻るように勧められてもいませんし。取り敢えずこちらで勤務できるうちは、全力でお仕えしたいと思っています」

「う~ん、ルーナって、やっぱり真面目よね。勿論、褒めているのよ? そうなると、領地の伯父夫婦辺りから、縁談を持ち込まれたりはしていないのよ?」

「はい。そういったことは全く。伯父も『せっかく王都のお屋敷勤務になったのだから、仕事を覚えるだけ覚えるのが先だな』と言っていましたし。伯母も祖父母も同意見のようです」

「なるほどね。良く分かったわ」

「何が良く分かったんですか?」

 頷きながら何やら納得しているジェリーを見て、ルーナは不思議に思いながら問いかけた。すると何故かジェリーが、微妙に慌てながら話題を変える。


「え? あ、ううん! なんでもない! こっちの話だから! そういえば、ルーナの一番近い休みはいつかしら?」

「ええと……、三日後ですね」

「何か予定があるの?」

「今度休暇を貰って領地に戻る時に、妹にお土産にする本を見繕ってみようかと思っています。他にもいくつか回る店がありますが」

 それを聞いたジェリーが、キラリと目を輝かせた。


「じゃあ、ワーレス商会の書庫分店に行くのね?」

「はい。妹は読書が好きなので」

「妹さん、喜ぶわよ。やっぱり王都の店と領地の店では品揃えが違うしね」

「ええ。でも一応、もう買ったり読んだりしていないか、本のタイトルを手紙で確認してからにしていますが。一度、手元にあった本を買ってしまって」

「そうだったの。それなら早目に確認しておいた方が良いわね。今度領地に戻るのは、エセリア様の長期休暇明けになるでしょうから」

「ええ、そのつもりです。あと兄代わりの従兄の結婚が決まったので、そのお祝いも考えようかと思っています」

「あら、おめでたいこと」

 それからルーナとジェリーは笑顔で幾つかの話をし、先に食べ終えたルーナが席を立ち、食堂から出て行った。



「どうやら、そういうことらしいわよ。ヴァイス、ちゃんと聞いていたでしょうね?」

 ルーナの姿が見えなくなってから、ジェリーは背中合わせに座っている背後のテーブルを振り返りながら、同年配の男に声をかけた。すると彼も申し訳なさそうな顔で振り返り、ジェリーに軽く頭を下げる。


「ああ、分かった。その……、色々すまないな」

「別にこれくらいはね、同郷の誼だし。それに一応、あなたは出世頭だし変な噂も聞かないから、取り敢えずお勧めできるし」

「なんだよ、その一応って……」

 容赦のない台詞に、ヴァイスは思わず溜め息を吐いた。しかしそんな彼に向かって、ジェリーが怖い顔で釘を刺してくる。


「ただし! ルーナに変な事をしたら、ただじゃおかないわよ? 色々な意味で苦労している、良い子なんだから!」

「それは分かっているから、心配しないでくれ」

「ところで、三日後に休みは取れそうなの?」

「それはなんとかする」

「まあ、せいぜい頑張って。あなたも、変な意味で苦労しているわよね。ナジェーク様の側近なんて、見ているだけでも大変そうよ」

「…………」

 最後はジェリーから本気で憐れむ表情を向けられ、ヴァイスは無言で項垂れたのだった。


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