(10)模範

「カテリーナ、待たせたな」

 その聞き覚えのある声に、ナジェークは一気に緊張しながら、カテリーナは嬉々として振り返った。


「お父様、ご苦労様でした。あのおじいさんは大丈夫だった?」

「ああ。前にも胃けいれんを起こした事があるらしく、すぐに医師が薬を飲ませていたし、近所の者が自宅の家族に知らせてくれたしな」

「それなら良かったわ」

 そこでナジェークが声をかける前に、ジェフリーが彼を見下ろしながら笑いかけてきた。


「ところで……、ジェイクだったか? 娘の買い物に付き合って貰ったらしいな。礼を言う」

「あ、いえ。僕は勝手に、お土産を選んでいただけですので」

「じゃあお父様、これを買って帰りましょう」

「そうだな。それではジェイク、失礼する」

「それじゃあね」

「はい、失礼します」

(本当に、意外性の塊の父娘おやこだよな……)

 咄嗟に気の利いた事の一つも言えず、ナジェークはほろ苦い思いを抱えながら二人を見送ってから、ふと気になった事を思い出した。ちょうどそこにアルトーが、幾つかの品物を抱えてやって来る。


「ナジェーク様、こちらにいましたか。私はちょっとこれを購入してきます」

「僕も買う物を決めたけど、至急ヴァイスに話があるんだ」

「今ですか? じゃあちょっとこれを店員に預かってもらって、奥に入れて貰いましょう」

 アルトーは怪訝な顔になったものの、すぐに二人分の購入品を店員に預け、奥のスペースに通して貰った。


「ヴァイス、選んでいるところを悪い。ちょっと良いかな?」

「あ、はい。すみません、ちょっと失礼します」

「いえ、ゆっくりご覧ください」

 ナジェークがヴァイスに声をかけると、彼は幾つかの商品を吟味しながら話し込んでいた店員に断りを入れて、ナジェーク達の所にやって来た。


「ナジェーク様、どうかしましたか?」

「実家から届いた手紙って、お姉さんが直に書いた物なのか?」

「はい?」

「どうなんだ?」

「いえ……、母が書いた物でしたが……」

 唐突に投げかけられた問いにヴァイスが困惑も露に答えたが、ナジェークの問いが続いた。


「どんな風にベールが駄目になったのか、詳細が書いてあったか?」

「それは……、全く書いてありませんでしたが……」

「失礼な事を聞くかもしれないが、お前の姉さんは我が儘な方なのか?」

「……姉をかばうわけではありませんが、どちらかと言えば控え目な方かと」

「ナジェーク様、どうかしたんですか?」

 困惑しきりのヴァイスに加え、全く質問の意図が分からなかったアルトーも怪訝な顔で問い返してきた為、ナジェークは正直に思うところを述べた。


「実はさっき、店内でカテリーナとまた遭遇したんだが、その時に気になる事を言われたんだ」

「あのお嬢様にですか?」

「ご縁がありますね。それで何を言われたんです?」

 そこで先程のカテリーナとのベールに関してのやり取りを語って聞かせると、ヴァイスとアルトーは無言で顔を見合わせた。


「…………」

「どう思う? 僕や彼女の気の回し過ぎだとは思うが……」

 神妙にナジェークが意見を求めると、二人とも顔つきを険しくしながら応じる。


「いえ、言われてみれば、確かに凄く不自然です。手紙を貰った時から何となく違和感を感じていましたが、そういう事であれば納得できます」

「おいおい、本当にそういう可能性があるのか?」

「詳細がぼかして書いてあるから、全然分からないがな」

「そうなると何日もかけて吟味していないで、多少値が張っても良いから、これと思ったものをさっさと購入して、大至急領地に送った方が良くはないか? 確か今日の午後、領地の管理官に使者を出すと行っていたから、公爵様にお願いしてその人に預かって貰って、領地の館から届けて貰えれば一番早く実家に届くだろう」

 その提案に、ナジェークはすかさず同意した。


「僕もアルトーの意見に賛成だ。父上とカルタスに僕から頼むし、もし気に入った物を購入するのに手持ちが足りないなら足してやるから」

「その……、それなら誠に恐縮ですが、銀貨一枚を貸していただけないでしょうか?」

「それ位なら、返さなくて良い。お姉さんの結婚祝いとして出すよ。ヴァイスには、これからも頑張って働いて貰わないといけないからね」

「そんな! さすがにそこまでしていただくのは!」

 慌てて固辞しようとしたヴァイスだったが、ナジェークはそれを笑いながら一蹴した。


「お前には、これからも気持ち良く働いて貰いたいからな。遠慮はしなくて良い。僕から祝儀を貰うなど厚かましいとご両親に怒られないように祝いの手紙を一筆書くから、一緒に付けて持たせれば良いさ。アルトー、これでどうかな?」

「そうですね。それならご両親も安心するでしょうし、ナジェーク様に目をかけていただいていると喜ぶでしょう。ヴァイス、ここは遠慮なく、不足分は出して貰え」

 ナジェークの提案にアルトーも笑って応じ、ヴァイスは感極まったように笑顔で頭を下げた。 


「ナジェーク様、ありがとうございます!」

「そうと決まればさっさと買って、急いで屋敷に戻るぞ。使者が出る前に、手紙を書かないといけないからな」

「分かりました、それでは先程の糸の会計を済ませてきます」

「俺はさっきの店員を呼んできますから!」

 慌ただしく動き出した二人を見ながら、ナジェークはしみじみと考え込んでいた。


(確かに、お金の使いどころは重要だな。銀貨一枚で、忠誠心をより強固にして貰えるなら安いものだ。それに、わざわざ病人を自ら運んで行ったガロア侯爵と比べたら、これ位の手間隙を惜しむものではないだろう)

 少しはあの人に近づけたかなと思いながら、ナジェークは自分の行った行為に対して満足していた。

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