(4)曲解と謝罪

「はぁ!? 官吏と騎士ですか!? 確か夫人のお妹君は、現ローガルド公爵夫人の筈では!?」

「ご実家のキャレイド公爵家では、それを容認されておいででしたの!?」

「まさか! 父には『馬鹿を言うな。女がなれるわけなかろう』と一蹴されました。当時姉が『数は少ないながらも、れっきとした女性官吏や女性騎士は存在しています。存在そのものを否定するがごとき物言いはお止めください』と反論してくれたのですが」

「そうでしたか……」

 無念そうに告げたミレディアに、ジェフリーが半ば呆然としながら呟く。そこでイーリスが好奇心から問いを発した。


「因みにミレディア様やローガルド公爵夫人は、どうして官吏や騎士になりたかったのですか?」

「今思い出しても忌々しいのですが、実家の兄がとんだ食わせものだったからですわ!」

「…………」

 そこで急に怒気を露わにして叫んだミレディアを見て、ジェフリーとイーリスは反射的に口を閉ざした。するとディグレスが、呆れ顔で妻を宥めてくる。


「ミレディア、止めないか。事情をご存じないお二方が驚いておられるぞ」

「だってあなた! お兄様ったら幼少期の頃から、長い間『賢い妹に遠く及ばない、遊び人の腑抜け嫡男』の偽装をして、家庭教師を筆頭に、屋敷の使用人の殆どもそれを信じていたのよ!? 私や妹は『兄ではなく、何事にも秀でているマグダレーナ姉様が婿を取って公爵家を継承するから、私達で姉をしっかり支えていこう』と、幼いながらもかなり真剣に相談して、密かに誓い合っていたのに!! そんな私達は、道化以外の何者でもないではありませんか!! 実の妹まで騙すなんて、それが兄のする事なの!?」

 その訴えに、ディグレスは妻から微妙に視線を逸らしつつ、どこか諦めた口調で呟いた。


「義父上と義兄上が揃って食わせものなのだから、仕方がないだろうな……。あの方達の娘と妹として生まれたのが少々運が悪かったと思って、いい加減諦めようか」

「ディグレス!」

「訪問先で声を荒らげるな。先程から皆様に失礼だ」

 幾らかきつく言い聞かされてミレディアは我に返ったらしく、そこでジェフリーとイーリスに向き直って神妙に謝罪の言葉を口にした。

「申し訳ありません。つい、取り乱してしまいましたわ」

 そこでジェフリーとイーリスは気を取り直し、二十数年前の諸事情を思い返す。


「……いえ、お構いなく。確かに当時、キャレイド公爵家の後継者に関しては、色々な噂が流れておりましたな」

「確かに……。私の実家でも、マグダレーナ様の婚約者が定まっておられないのでてっきり分家から婿を迎えるものと思っていました。ですが急転直下、現陛下の立太子発表と共にマグダレーナ様との婚約が発表されて、大変な騒動になりましたもの……。当時、突然現陛下の後見役となったキャレイド公爵家もそうですが、嫡男がミレディア様と妹君との婚約が整ったことで、同様に後見役と目される事になったシェーグレン公爵家とローガルド公爵家も、色々と大変だったのでは……」

「本当に色々ありましたね……。特に私は元々、陛下の兄王子の学友の立場でしたし……」

「あれがきっかけで社交界の勢力図が激変して、多くの家の動揺が著しかったと記憶しております……」

 年長者達がしみじみと当時の騒動について想いを馳せてから、ミレディアが気を取り直したように話を続けた。


「話を戻しますが、私が少女の頃、父は『嫁ぎ先や金に困っている下級貴族や平民の女性が官吏や騎士になるのは差し支えないが、上級貴族たる我が家からそんな娘を出すのは恥だし非常識だ。選択肢にもならん。くだらない冗談は止めろ』と聞く耳を持ちませんでした。確かに私や妹の力量では実際に官吏や騎士になれたとも思えませんし、父を貴族として領主として尊敬しておりましたが、本気で実家の将来を考えていた私達は、内心かなり傷付きましたの」

「そんな事がありましたか……」

「先代キャレイド公爵の物言いは、幼い娘達に対しての言動としては確かに少々厳しかったと思われます。ですがそれは、貴族社会としては一般的な考え方ではございませんか?」

 呆然と呟くジェフリーの隣でイーリスが控え目に感想を述べると、ミレディアがそれに冷静に頷く。


「ええ。今ではきちんと理解しております。だからこそ、ガロア侯爵とご夫人がカテリーナ嬢を騎士として自立できる程の技量を身に付けさせ、クレランス学園の騎士科に所属させただけに止まらず、近衛騎士団に入団させたことを人伝に聞いて、尊敬の念を覚えておりました。従来の貴族の価値観に囚われることなく、娘の個性と才能を認めた上でそれを最大限に伸ばし、国を支える人材を輩出する事こそ貴族としての本懐だと確信し、それを実行しておられるのですもの。実に稀有な、真の貴族の中の貴族であられると感動いたしました」

「…………」

 そんな事をミレディアから満面の笑みと共に力強く訴えられたジェフリーとイーリスは、本気で困惑しながら無言で顔を見合わせた。


「人にはそれぞれ、生まれ持った役目があるのだと思います。ご令嬢はきっと、この停滞しきった貴族社会に、色々な意味での旋風を巻き起こす天命を持って生まれてきたのですわ。近衛騎士団で立派にその勤めを果たされているのも、宿命というもの。そうであれば我が家が体面を気にして、ご令嬢の勤務に制限を加えるなど言語道断。ですからカテリーナさんは、安心して勤務を続けてくださいね? 私達は今後全面的に、あなたを応援していきますから」

「はぁ……、ありがとうございます。大変心強いですわ……」

(天命とか宿命とか、話が凄く大事になってしまっているのだけど……。どこまで本気で言っているのか、全然見当がつかないわ。さすがはナジェークの母親と言うべきかしら)

 後半は自分に視線を向けながら笑顔で断言してきたミレディアに、カテリーナはなんとか笑みを浮かべながら礼を述べた。そしてどう会話を続けようかと密かに悩んでいると、いきなりジェフリーとイーリスが大声で謝罪しながら頭を下げる。


「公爵夫人、大変申し訳ありません! そんな大した事ではないのです!」

「先程のお言葉は、私達を買い被りすぎておりますわ! 恥ずかしくてとても顔を上げられません!」

「侯爵?」

「侯爵夫人まで、どうかしましたか?」

 ディグレスとミレディアが怪訝な顔になる中、ジェフリーとイーリスは頭を下げながら真摯に告げた。

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