(20)発覚

 予想以上の騒動を引き起こした、夜会の翌日。ナジェークは何事も無かったように、涼しい顔で職場のドアを開けながら挨拶の言葉を口にした。

「おはようございます」

 すると何やら部長であるダレンと話し込んでいたリドヴァーンが、ナジェークの顔を見るなり血相を変えて駆け寄りながら怒声を放つ。


「ナジェーク、貴様!! 女性に恥をかかせて、よくも平然と私の前に出て来れたものだな!?」

 その剣幕に、既に出勤していた同僚達が驚いた視線を向けたが、ナジェークは平然とリドヴァーンの怒りを受け流した。


「はぁ? 一体、何の話ですか? 人聞きが悪過ぎます。私は普通の女性全般に、常日頃敬意を払っているつもりですが?」

「昨夜の夜会で、ステラに恥をかかせただろうが!?」

 激昂したリドヴァーンは、周囲が止める間もなくナジェークの胸ぐらを掴んで罵倒した。しかしナジェークは淡々と話を続ける。


「ああ、コーウェイ侯爵家が彼女と私の婚約を希望しているという話ですか。ですから、別に恥をかかせたわけではなく、『そんなに他に貰い手がないのなら、三十年後でも良ければ我が家の嫁として迎え入れてあげますから』と、母上や姉上が慈悲の心であなたの妹に接していた事を、正確に正直に周囲にお話ししただけです」

「え?」

「夜会でそんな話を?」

「上級貴族が集まる夜会で、そんな事を公言したのか?」

「一体、どんな話の流れで……」

 ナジェークが事も無げに語った内容を聞いて周囲は揃って顔を引き攣らせ、リドヴァーンは怒りを増幅させた。


「ふざけるな! 『他に貰い手がない』などと、侮辱以外の何物でも無いだろうが!? どこが『女性に敬意を払っている』と言うんだ!?」

「本当に兄妹揃って、理解力が乏しいですね……。私は先程『普通の女性全般に対して敬意を払っている』と言ったのですよ? その程度の判断力しか持たないあなたの妹君は『普通』の範疇から大きく逸脱していますから、当然の対応です」

「まだ言うか!! このろくでなしが!!」

 ナジェークがあからさまに馬鹿にした口調で応じた事で、リドヴァーンは左手で彼の服を掴んだまま無意識に右手を振り上げた。その拳をいつの間にか近くに来ていたダレンが掴み、リドヴァーンに小声で言い聞かせながら、二人を引き剥がす。


「まあまあ、リドヴァーン君。気持ちは分かるが落ち着きたまえ。……相手は仮にも公爵家の嫡男だ。ここで手を上げて怪我でもさせたら、益々コーウェイ侯爵家の悪評が広がりかねないぞ?」

「ちっ!」

 リドヴァーンは盛大に舌打ちしつつも、その発言の正しさを理解して押し黙った。それを確認したダレンはナジェークに視線を移し、愛想笑いを浮かべながら彼を宥めようとする。


「ナジェーク君。今後の業務に支障をきたすから、あまり過激な言動は控えて欲しいな。この場で彼に、先程言い過ぎた事に対しての謝罪をしておけば、万事丸く収まるわけだから」

「は? 何を仰っておられるのですか? 彼に謝罪する必要性を一切認めません」

 ダレンとしては穏便にこの場を収める提案をした筈が、ナジェークに言下に否定されてさすがに腹を立てた。それでも何とか怒りを押さえ込みながら、再度説得を試みる。


「……ナジェーク君。君にも言い分はあるだろうが、ここは一つ、私の顔を立てると思って」

「どうして業務に関する事以外で、あなたの顔を立てる必要があるのか、全く理解できません」

 いかにもしらけたような表情で言い切られたダレンは笑顔を消し去り、こめかみに青筋を浮かべながら呻いた。 


「……上級貴族だからと言って図に乗るなよ?」

「部長だからと言って、部下のプライバシーに口を挟むのは、お門違いも甚だしいと思いますが」

「貴様!」

「部長! さすがに手を上げるのはまずいですから!」

 今度はダレンがナジェークに掴みかかり、リドヴァーンがそれを制止する

様子を見て、他の官吏達がさすがに止めに入ろうと腰を浮かせた時、ノックもなしに荒々しく出入り口のドアが開かれ、大声で呼び掛けられた。


「内事部長ダレン・ヴァン・ガスパー! リドヴァーン・ヴァン・コーウェイはいるか!?」

「はい、おりますが」

「何事ですか?」

 名前を呼ばれた二人は勿論、室内にいたナジェーク以外の全員が目を丸くしたが、部下を二十人程引き連れて押し入った近衛騎士はそんな視線など物ともせず、居丈高に厳命した。


「両名に出頭命令が出ている! 直ちに謁見の間に移動せよ!」

「は、はぁ? 何も聞いてはおりませんが……」

「謁見の間? まさか陛下からのお呼び出しですか?」

 当事者二人が困惑しながら間抜けな声で応えると、取りまとめ役らしいその騎士が、苛ついたように恫喝してくる。


「さっさと歩け! 抵抗するなら、捕縛して陛下の御前に引きずって行くぞ!」

「分かりました。今すぐ向かいます」

「どうして私まで……」

「文句があるなら両陛下に申し上げろ!」

「何事だ?」

「どうして近衛騎士が」

 そして二人が四人の騎士に前後を挟まれて部屋から出て行くと、囁き合っていた官吏達に向かって、先程の騎士が宣言した。


「ただ今からこの財務局内事部室は閉鎖し、近衛騎士団が管理する。所属官吏は全員、別室で待機。しかる後に個別に聴取を行う予定なので、そのつもりでいるように」

「はい!?」

「閉鎖って、どうしてですか!?」

「しかも聴取だなんて! 我々が何をしたと言うんです!?」

 当然仰天した官吏達は問い質したが、騎士は冷静にその理由を説明する。


「内事部長であるダレン・ヴァン・ガスパーと、リドヴァーン・ヴァン・コーウェイ両名に関しては、王室予算横領と出入り商人との贈収賄が立証されている。他の所属官吏もそれらに関与していないか、調査が行われる」

「何ですって!?」

「横領に贈収賄!?」

「待ってください! 私達は無関係です!」

「それを今から、上が調査するんだ。余計な手間をかけさせるなよ? 皆、手分けして書類を全て運び出せ! まず内事部長とリドヴァーン・ヴァン・コーウェイの分だ!」

「了解しました!」

「おい、コーウェイの机はどこだ?」

「はい! こちらです!」

 慌てて関与を否定したものの、言下に切り捨てられた官吏達は顔色を変えた。そして指示された騎士達が手分けして書類をかき集める中、静かな声で忠告される。


「良いか? 決して自分の机や周辺の物を触るなよ? 私物も含めて全てだ。先導の者に従って、速やかに移動しろ」

「……はい」

「分かりました」

「一体、どうなるんだよ」

「本当にいい迷惑だ」

 ここで抵抗しても意味がないばかりか、関与を疑われかねないと判断した官吏達は、揃っておとなしく二列に並び、騎士の指示に従って移動を開始した。そしてナジェークと並んで廊下を歩き出したアランが、隣にだけ聞こえる程度の声で囁く。


「ナジェーク?」

「そういう事だ」

「このタイミングで?」

「余計に面白おかしく語られそうだろう?」

「……本当に容赦ないな」

 事の次第を知り尽くしていたアランは小さく溜め息を吐いて項垂れ、ナジェークはこの騒動がどのように終結するかを見越して、他の人間には気付かれないように薄く笑った。

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