(4)ちょっとした陰謀
「具体的な方策は後々詰めるとして、取り敢えず入学後にサビーネ様には、情報操作と言うか意識操作をお願いしたいのです」
「どういう事ですか?」
「グラディクト殿を直接非難したり、私と比較するのは駄目ですが、『エセリア様のような完璧な方が、殿下の婚約者であれば安泰』とか『エセリア様が婚約者だなんて、お幸せですわね』とか、折に触れ口にして頂きたいのです」
そう言って皮肉っぽく微笑んだエセリアを見て、サビーネもニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
「なるほど……。さり気なく自分の非にはならない様に、陰で巧妙に殿下の劣等感を煽るわけですね?」
「ええ。これはサビーネ様だけで行うというわけにはいきませんし、周りを誘導するのは難しいと思いますが」
「お任せ下さい! 実は同学年に紫蘭会の会員が三人、在籍する事が判明していますの! 彼女達と示し合わせて、エセリア嬢の望む方向に必ず誘導してみせますわ!」
「それは心強いですこと」
そこで「うふふふ」と傍目には優雅に笑い合った二人を見て、イズファインは本気で頭を抱えた。
「エセリア嬢。そのような物言いは、王太子殿下の婚約者としては如何なものかと」
「構いませんわ。どうせ私は、悪役令嬢ですもの」
すまして言ってのけたエセリアに、彼の困惑度が更に深まる。
「はぁ? 『悪役令嬢』とは何の事ですか?」
「いえ、何でもありません。こちらの話ですから、お気になさらず」
笑ってごまかしたエセリアは、ここであっさり話題を変えた。
「それから、仮に首尾良くグラディクト殿下との婚約が解消したとしても、第二王子のアーロン殿と婚約する羽目になったら意味がありません」
その台詞に、サビーネが即座に同意を示す。
「確かにそうですわね……。アーロン殿下には、婚約者がいらっしゃいませんから、その場合は王太子とエセリア様の相手が変わるだけですわ」
「ですからお兄様には、お父様とお母様経由で、さり気なく王妃様に意見が伝わる様にして欲しいのです。『未だ婚約者が未定の第二王子側の不満を宥める為、彼にも王妃様に縁のある令嬢との婚約を整えるべきだ』と」
「そうすればお前が婚約を解消しても、すぐにアーロン殿の婚約者に推される筈も無いか」
ここでナジェークは真剣な顔つきで考え込んだが、すぐに結論を出した。
「なるほど、尤もだ。さり気なく父上と母上に話してみよう。そうなると候補は、王妃様と母上の実家であるキャレイド公爵家の令嬢か、母上の妹が嫁いでいるローガルド公爵家のご令嬢あたりかな?」
「そんなに簡単に、候補者を挙げないでくれ……」
「話を進めるなら、早いに越した事はないだろう? それに早速君にも、手伝って貰いたい事ができたしな」
「え? 何をしろって言うんだ?」
いきなり話の矛先を向けられてイズファインは困惑したが、そんな彼に向かって、ナジェークは真顔で話を続けた。
「確か君の母上は、アーロン王子の生母であるレナーテ様と従姉妹同士だろう?」
「ああ。割と仲が良い方だから、それなりに付き合いはあるが」
「十歳で婚約したグラディクト殿下はさすがに早い方だが、アーロン殿下もそろそろ婚約者を選定しなければいけない時期なのに、まだそんな話は聞こえない。王太子の後見に王妃が付いているのが分かっているのに、対抗馬となりうるアーロン殿下と必要以上にお近づきになりたくはないと、有力貴族が二の足を踏んでいるからだ。違うか?」
「違わない。母上が偶に、使用人相手に愚痴を零しているな。シェーグレン公爵家に睨まれたくは無いから、私と君の友人付き合いは、表向き推奨されているが」
困ったものだと言わんばかりにイズファインが溜め息を吐くと、ナジェークは彼を宥めるように言い聞かせた。
「だから君の母上に、『王妃様も、国内の勢力を二分するような事態は避けたい筈。王妃様に、縁続きのご令嬢をアーロン殿下の婚約者にしていただける様にお願いする事を、レナーテ妃に進言してみてはどうですか?』と囁くだけでも、随分違うと思うんだが」
それを聞いたイズファインは、真面目に考え込んだ。
「……なるほど。現時点で王太子の上には立てないが、後で幾らでも挽回できる立ち位置を、ここで確保しておくように勧めるのか」
「そういう事だ。他にも中立派の辺りから、王妃様レナーテ妃双方に、働きかけて貰う事にするけどね。ああ、勿論ディオーネ妃は反対するだろうから、そこは上手く宥めておくようにするけれど」
そんな風にスラスラと今後の方針を口にする友人を見て、イズファインは嘆かわしいと言わんばかりに愚痴を零した。
「……ナジェーク。初めて顔を合わせた頃の、純真なお前はどこに行った? すっかり腹黒くなってしまって」
それにナジェークが、苦笑いで応じる。
「どこにも行ってはいないさ。ただ心労が祟って、うっかり脱皮しただけだ」
「洒落にならん……。お前は蝶か?」
「華麗なる黒蝶と呼んでくれて構わない」
「誰が呼ぶか!」
男二人でそんな漫才めいたやり取りをしていると、クスクス笑いながらエセリアが会話に加わってきた。
「さすがはお兄様ですわ。それでは裏工作の方、よろしくお願いしますね?」
「ああ、任せてくれ。ところで喉が渇いたな。お茶のお代わりを……、うん? オリガ?」
「あら? ルーナも居ないわ。二人揃って、どこに行ったのかしら?」
通常なら部屋の隅に控えている自分達付きの侍女が、二人とも姿を消している為、ナジェーク達は首を傾げた。するとドアを開けて、彼付きのオリガが室内に入って来た。
「ナジェーク様。勝手に外に出まして、申し訳ありません」
歩み寄って主に深々と頭を下げた彼女に、ナジェークは不思議そうに問い返した。
「それは良いが、どうかしたのか? ルーナの姿が見えないし」
「それが……、ルーナはエセリア様が、王太子殿下との婚約を解消するつもりだと言った途端、腰を抜かしまして……」
「え?」
チラッと彼女から視線を向けられながら言われた台詞に、エセリアの顔が僅かに強張る。
「更に皆様の言いたい放題の会話を、床に座り込んだまま蒼白な顔で聞いていましたが、王太子殿下を陰でいびる気満々の話を耳にした辺りで、とうとう気を失いまして……。他の者を呼んで、運び出すのを手伝って貰いました。今、近くの部屋で休ませています」
「…………」
思わず顔を見合わせて黙り込んでしまったエセリア達に、オリガは少々きつい口調で要請した。
「ナジェーク様、エセリア様。私達のように長くお屋敷にいる者は、もうあの程度の暴言位ではびくともしませんが、ルーナの様な若い者には、殆ど耐性がありません。少しで構いませんので、どうかご配慮下さい」
「ああ、悪かった」
「気をつけます……」
それを聞いた兄妹はオリガに向かって神妙に頭を下げ、イズファインとサビーネは、使用人に頭を下げる彼らの姿を、少々驚きながら見守ったのだった。
※※※
「全く! レナーテにしてやられたわ! アーロンの婚約者に、王妃様の姪を据えるなんて! しかも王妃様から『王子同士が良好な関係を保つのも、国内の安定に欠かせません。お分かりですね?』などと言われたら、表立って反対もできやしない!」
悔し紛れにクッションを壁に叩き付けながら喚き散らしたディオーネだったが、グラディクトは淡々とした口調で母親を宥めた。
「別に、構わないではありませんか。私が王太子である事には変わりはありませんし、あいつの婚約者になったマリーリカ嬢のローガルド公爵家は、同じ公爵家と言ってもシェーグレン公爵家より家格も規模も格下。寧ろはっきりとアーロンとの差が付いて、良かったのでは?」
それを聞いた彼女は忽ち怒りを静め、満足そうに息子を褒め称えた。
「それもそうね……。あなたが思ったより冷静で見直したわ。さすが私の息子」
「当然です。私は王太子ですよ? 些末な事で、一々目くじらを立てたりはしません」
しかし彼の平静さも、次の母親の上機嫌な声で霧散した。
「その調子で、これから入学する学園内でも威厳を保ちつつ、エセリア嬢と懇意にするのよ? くれぐれも、彼女の機嫌を損ねない様にね?」
「……分かっています」
一応神妙に相槌を打ちながらも、グラディクトは内心で密かに憤慨していた。
(全く。どうして王太子の私が、女のご機嫌取りをしないといけないんだ。偶々、王妃の姪と言うだけで。ふざけるな!)
立太子されて四年の間、母親やその取り巻きに散々甘やかされていたグラディクトは、既に当初の微妙な力関係などを忘れさって、自分の優位性を疑ってはいなかった。
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