(18)カテリーナにとっての茶番

 ディランから指示を受けた後もカテリーナは何食わぬ顔で仕事に勤しみ、予定通りの時間で勤務を上がった。

「お疲れ様です」

「ああ、カテリーナさん。迎えが来ていますよ」

「どうもありがとうございます」

 通用門に付随した勤務者用の通用口で、顔見知りの管理担当者に声をかけられたカテリーナは、そのまま馬車寄せに出てみた。すると教えて貰った通りシェーグレン公爵家の紋章を付けた馬車が停められており、カテリーナはそれを思わずしげしげと眺める。


(なるほど。確かにいつもの人達ではないわ。だけどしっかりシェーグレン公爵家の紋章付き。これは各家が王家に申請して使用を許可して貰っているわけだから、各家当主の意向に背く使用は、例え分家の人間でも処罰の対象。ましてや赤の他人が無断使用した場合には、それだけで厳罰は間違いないわね)

 御者の他に護衛役の騎士二人も別人であり、勤務上がりの時間や騎士の人数まで事前に下調べをした上での罠だと、カテリーナは断定した。そこで若干の懸念を覚える。


(それにしても……、普段の人達はどうしたのかしら? まさか襲撃されたとか……、それはないわね。ディラン隊長まで連絡が来ているのに、不意を衝かれたとしてもシェーグレン公爵家の人達が後れを取るわけがないわ。どこかでわざと連中の足留めを食らっているとか、騙されたふりをしているかよね)

 内心で自ら懸念を打ち消していると、御者台から苛立たしげな声がかけられる。

「カテリーナ様、早くお乗りいただけませんか?」

 どこか怒っているような表情の彼に向き直ったカテリーナは、平然と言葉を返した。


「ああ、すみません。ちょっと考え事をしていまして。ところでナジェークを待たなくて良いのかしら?」

「ナジェーク様は本日は仕事で遅くなるとのことで、カテリーナ様を先にガロア侯爵邸に送り届けるようにとのことです」

「そうですか」

(やはり本来の人達をどこかで足止めして、急いでいるのかしらね。ご苦労な事だわ)

 疑う風情を見せずにカテリーナが乗り込むと同時に勢い良く馬車が走り出し、ちょうど座ろうとしていたカテリーナはバランスを崩し、危うく床に倒れかけた。しかし特に文句も言わずに椅子に座り、注意深く外の景色を眺める。すると当初はガロア侯爵邸に向かっているように思わせながら、すぐに馬車は別方向に向かっているのが分かった。


(さてと、どこら辺で仕掛けてくるのかしら。そろそろ異常に気付いてもおかしくない頃よね)

 少しの間、おとなしく座っていたカテリーナだったが、ガロア侯爵邸に着いてもおかしくない時間まで待ってから、御者台側の壁を強く叩きながら大きな声で呼びかけてみた。


「ねえ、道が違うけど? ガロア侯爵邸の場所を知らないわけ?」

 しかし外からの反応は皆無であり、馬車は何事もなかったようにこれまでと同様の速度で走り続ける。ここでカテリーナは真顔で考え込んでしまった。


(無反応か。まあ、予想通りと言えば予想通りだけど。この場合、静かにしていると怪しまれるから、騒ぎ立てて暴れるべきかしら? 本当だったら馬車から飛び降りるか、ドアを開けてどうにかして御者台に移って、御者を叩きのめした上で馬車を停めるべきだけど。警備担当じゃなくて、監視役として同行している騎士が二人もいるしね)

 現実的に実現が難しいことと、中途半端に計画をぶち壊した場合、ナジェーク達による自身の救出にも支障が出る可能性があると判断したカテリーナは、このまま様子をみることにした。 


(仕方がないわね。不本意だけど、もう少し指示通りおとなしくしていましょう。一応、警告されてから準備だけはしていたし、最悪自力でなんとかするしかないわ)

 そう覚悟を決めた彼女は、一回り大きいサイズの白い手袋の下で指に嵌めているメリケンサックと、左足のブーツの内側に差し込んである特殊警棒を触って確認し、恐怖心が全く無いと言えば嘘になるものの、引き続き平常心を保った。


(あら? 停まったわね)

 更に少し走って王都の外れに差し掛かったところで、急に馬車が停車した。反射的にカテリーナが窓から外の様子を窺おうとすると、断りもせずに勢いよくドアが開く。


「ふん、どんな二目と見られない醜女かと思ったら、なかなか見られる女じゃないか。これは楽しみだな」

「……どちら様でしょうか? 乗る馬車をお間違えなのではありませんか?」

 乱暴にドアを開けて中を覗き込むなり、名乗りもせずに自分を値踏みしたらしい非礼極まりない相手に対して、カテリーナに礼儀を守る気は皆無だった。


「はっ! 乗る馬車を間違えたのはお前の方だ! この馬車はシェーグレン公爵家の馬車などではないさ、今頃気づくとはな!」

 そんな嘲笑めいた台詞に、カテリーナは冷笑で返す。

「シェーグレン公爵家の使用人なら、道を間違えるような迂闊者は存在しない筈なので、御者も騎士も相当間抜けな主に使えている愚鈍な者達だろうなとは思っておりました」

「……なんだと?」

「家紋の偽造とそれの使用は、明らかに重罪です。それを知らないか全く意に介さない方なら、愚鈍と言っても差し支えないと思いますが?」

 淡々と事実を指摘したカテリーナに対し、彼女が全く怯えも恐れ入る様子も見せなかったことで、相手の機嫌は急速に悪化した。


「生意気な……。俺を誰だと思っている?」

「ですから、他家の家紋を偽造及び無断使用する愚鈍な方だと思っていますが?」

「口が減らない女だな!!」

 そこで相手が怒気を露わにして怒鳴りつけたが、その横からカテリーナが見覚えのある人物が渋面で現れ、彼に言い聞かせる。


「ローレン殿、物の通りを弁えていない愚か者と、まともな会話ができるわけありませんよ。だから身体で覚えさせるしかないのですから」

「はっ! どうやらその通りみたいだな! おい、さっさとその剣を渡せ!」

 どうやら自分を武装解除させたいらしいと分かったが、カテリーナはわざとローレンと呼ばれた男を無視して新たに現れた人物に語りかけた。

 

「あら、ダマール殿ですか。ごきげんよう。なにやら一身上の都合で騎士団を退団されたと聞きましたが、その後健やかにお過ごしのようで何よりです。ですが交遊関係は少々考え直した方が良いと愚考いたします」

 因縁があり過ぎる人物が現れた事でカテリーナは驚くと同時に呆れたが、傍目には平然と言い返した。しかし恐れげもない彼女の様子を見たダマールが、殺気の籠った目を向ける。


「……そんな生意気な口をきけるのも今のうちだぞ。今日は泣いて許しを請わせてやる」

「はぁ? 何の事でございましょうか?」

 言外に脅しをかけられてもカテリーナは落ち着き払って言葉を返し、この間無視されていたローレンが苛立った様子で会話に割り込む。


「おい、無駄話を止めてさっさと」

「ああ、もしかして招待客の面前で、ダマール様を剣で負かしてしまった時の事を言っておられるのですか? 勝負は時の運と申しますし、偶々そちらが後れを取った事を私に責任転嫁されても……。全くの筋違いとしか言えないのですが」

「筋違いだと!? 貴様のせいで、俺は近衛騎士の立場も次期当主の立場も失ったんだぞ!?」

「俺は王太子の叔父だぞ!! さっさと剣を寄越せ!!」

 ダマールは激高したが、それ以上の怒声をローレンが放ち、そこでようやく相手の身元が分かったカテリーナは呆気に取られて問い返した。


「……どなたですって?」

「俺はローレン・ヴァン・ネクサスだ! 聞き覚えがないとは言わせんぞ!!」

「ああ、あの………………。王太子殿下がお気の毒で、仕方がありません」

「なんだと!? 貴様!!」

 アーロンがこの騒動に巻き込まれる事が確定し、カテリーナは心底彼を不憫に思った。思わず遠い目をしながら正直な感想を口にしてしまったが、その反応がローレンの神経を逆撫でしてしまったらしく、カテリーナに掴みかかろうとする。しかしダマールは、そんな彼を押し止めながら再度言い聞かせた。


「ローレン殿。こんな不愉快な女と、馬車で同行する必要はありません。さっさと武器を取り上げて、例の小屋まで連れていきましょう」

「そうだな」

「カテリーナ。さっさと剣を渡せ。そんなに痛い目をみたいなら、こちらも遠慮はしないが」

 冷たく見据えたダマールに、さすがにこれ以上事を荒立てるのは得策ではないと判断したカテリーナは、ベルトに固定してある鞘ごと剣を取り外して相手に突き出す。


「どうぞ。騎士団からの支給品なので、取り扱いには注意してください」

「ふん! 最初から素直に渡せ、この愚図が!!」

 カテリーナの嫌味など完全に無視しながらダマールとローレンは乱暴にドアを閉めると、その直後再び馬車が走り出した。


(側妃のご実家が関係してくるとはね。頭痛がしてきたわ。ナジェークはちゃんとそこら辺まで、把握しているのでしょうね?)

 これからどんな事態になるのか全く見通しが立っていない事に対する恐怖心は、カテリーナの中にれっきとして存在していたが、それ以上に自分が思っていた以上に影響が広がる可能性を考えて、カテリーナは馬車の中で一人項垂れたのだった。


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