(4)初対面

 シレイアの入寮後、他の生徒達も続々と入寮してくる。示し合わせたわけでもないのに平民は早めに入寮し、貴族はのんびりと入寮をする傾向が強かった。入寮期限を4日後に控えても、どうやら貴族の生徒は半分ほどしか入寮していないらしいと、シレイアは食堂に出向いてくる生徒の立ち居振る舞いと人数から推察する。そんな中、シレイアはサビーネから声をかけられた。


「シレイア。予定通り、今日エセリア様が入寮されたわ。荷物の整理が済んで落ち着いた頃合いをみてご挨拶に行くから、あなたも一緒に行きましょう。エセリア様に紹介するわ」

 それは事前にサビーネと打ち合わせしていたが、いざその場面になるとさすがにシレイアは動揺した。


「今日!? しかも、もう入寮されているの⁉ ちょっと待って、心の準備がっ!!」

「シレイアったら、何日も前から打ち合わせをしていたじゃない。今更どうしてそんなに焦っているのよ」

「そうは言っても、緊張するわよ!」

「大丈夫よ。シレイアだったら、絶対エセリア様に気に入って貰えるから」

 動揺著しいシレイアだったが、少しして苦笑気味のサビーネに宥められながら、エセリアの部屋がある寮へと向かった。


「エセリア様、サビーネです。荷物は片付きましたか?」

 あるドアの前で足を止めたサビーネが、ノックしながら室内に呼びかけるのを、シレイアは深呼吸をしながら見守っていた。するとすぐにドアが半分ほど開き、親しげな声が聞こえてくる。


「こんにちは、サビーネ。片付けは終わったから大丈夫よ。今から敷地内の見学をしながら、お茶でも飲んでこようかと思っていたところなの」

「それなら私達も、ご一緒させて貰って良いですか?」

「ええ、構わないわよ? でも『私達』って、他にも誰かいるの?」

 シレイアが立っていた位置は、ちょうどドアの陰になる場所であり、半開きのドアからはサビーネしか見えない状態だった。そこでサビーネが軽くシレイアの腕を引き、彼女を自分の前に軽く押しやりながら紹介する。


「こちらのシレイア・カルバムは、紫蘭会で知り合った前々からの友人です。とても博識な方なのですよ? 国教会総主教会に所属されておられるカルバム大司教様の御令嬢ですから、お父上の事はエセリア様も良くご存知かと思います」

「そんな……、御令嬢なんてものでは……。エセリア様、初めまして。常日頃から話を聞いて、是非直にお目にかかりたいと思っておりましたので、サビーネに紹介して貰えると聞いて、入寮早々ご挨拶に押しかけてしまいました。今後とも宜しくお願いいたします」

(うあああっ、緊張する! 本当は査問会の時に内容を盗み聞きして、お帰りの時にこっそり覗き見て以来尊敬していると言いたいけど、そんな事を正直に話したらなんて思われるか分からないし!)

 神妙に頭を下げながら、シレイアは内心でパニック気味であった。しかしそんな事など分かるはずもないエセリアは、穏やかに微笑みながら言葉を返してくる。


「カルバム大司教様から御令嬢の話は伺っていましたが、同い年だったとは知らなかったので嬉しいです。こちらこそ、宜しくお願いします。早速、ご一緒させて貰ってよろしいかしら?」

「はい、勿論です!」

(きゃああああっ! 早速エセリア様と同行できるなんて、夢じゃないかしら⁉︎ 想像していた通り、いえ、想像以上にお優しくて気品溢れてお美しい方だわっ!)

 歓喜の叫びを上げるのを必死に堪え、満面の笑顔で頷いたシレイアを、サビーネは笑いを堪える表情で眺めた。


「それではエセリア様、校内の目ぼしい施設をご案内します。まずは講義棟本棟の正面玄関ロビーに行きましょうか。そこにクラス分けの一覧表が貼り出してありますから」

「実は私とサビーネは、エセリア様と同じクラスになっています」

「まあ、そうなのね。それなら二重の意味で、これから宜しくお願いします」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします」

 そこでサビーネが新たな情報を披露した。


「それからそこには、選抜試験合格者の成績順位表も掲示されています。シレイアは堂々の1位ですのよ? 友人として鼻が高いですわ!」

「ちょっとサビーネ! なにもわざわざそんな事を言わなくても!」

「え? どうして? だってあそこに行けば分かる事だし、十分誇って良い事よね?」

「いや、でも、ちょっと恥ずかしいんだけど!」

 キョトンとした表情のサビーネに、シレイアは動揺しながら抗議する。そんな二人の様子を眺めたエセリアが、おかしそうに笑った。


「シレイアさんとサビーネは、とても仲が良いのね。それに凄く優秀な方とお友達になれて嬉しいわ」

「えええ⁉︎ お友達って、もしかして私のことですか⁉︎」

「ええ、そうだけど……。私のような上級貴族だと、付き合いにくいかしら?」

「滅相もございません! 是非とも友人枠でお願いします!」

「それなら良かったわ」

(ああああっ、もう死んでも良い! いえ、エセリア様のお役に立つまで死ぬ気はないけど‼︎ このまま死んでも悔いはないくらい嬉しいっ‼︎)

 慈愛に満ちたエセリアの微笑みに、シレイアは幸せのあまり意識が遠のきかけた。しかし続くエセリアのセリフで、意識を繋ぎ止める。


「ところでサビーネ。シレイアさんとは呼び捨てで呼び合う仲なのだから、私の事も『エセリア』と呼んでもらえないかしら? 前々からの友人だから、私の方はあなたを呼び捨てにしているのに、あなたは相変わらず私の事を『エセリア様』と呼んでいるから、他の人から傍若無人な人間だと思われそうだもの」

 その訴えを聞いたサビーネとシレイアは、反射的に無言で顔を見合わせた。そして次の瞬間、揃って盛大に反論する。


「勿論私も、エセリア様を気の置けない友人だと思っておりますが、それとこれとは別問題です。エセリア様は私に人生の指標を与えてくれた、師匠でもありますから! 一生、様付けは止めませんわ!」

「私も同感です!エセリア様は私達の精神の渇望を埋めてくださった、崇拝に値するお方ですから! どうか私の事は『シレイアさん』ではなく、『シレイア』とお呼びください!」

 真剣そのものの二人の顔を見たエセリアは、それ以上の説得を諦めた。


「……分かったわ、サビーネ。シレイア、そうさせてもらうわね」

 そこでお互いの呼称についての話はまとまり、3人は再び雑談をしながら歩き出した。



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