(8)思わぬ難題

「いらっしゃい、ワーレスさん! 待ってたわ!」

 十日ほど前に依頼していた物が仕上がったと連絡を受けたエセリアは、屋敷を訪れたワーレスを、満面の笑顔で出迎えた。しかし、対する彼の方の表情は冴えなかった。


「エセリアお嬢様。ご依頼の品を、前回同様ご指示通り作らせてはみたのですが……。少しご相談と言うか、ご報告がありまして……」

「え?」

 何やら恐縮気味に言い出したワーレスに、エセリアは怪訝な顔になったものの、現物を示されながらの彼の説明に、その問題点について納得するしかなかった。


「はぁ~」

 いつも通り、ドルパが空き時間に庭を見回って、細かい手入れをしていると、前方の石造りのベンチに座り、深い溜め息を吐いているエセリアの姿が目に入った。


「おや、エセリアお嬢様。ミスティも付けずに、こんなところでどうしました?」

 れっきとした公爵令嬢である彼女が、自邸の庭でも一人きりで居るのは珍しい事であり、思わず声をかけると、エセリアは小さく首を振って理由を説明した。


「ミスティには、ちょっと一人で考え事をしたいから、少し離れていてと頼んだの。そこら辺にいる筈だから、ミスティがサボっていたり、私が逃げ出したわけじゃないわよ?」

「そうですか。それではお邪魔しました」

 苦笑いしたエセリアに、ドルパも笑顔で会釈して立ち去ろうとしたが、ここで予想外の声がかけられた。


「あ、ドルパ。ちょっと待って」

「はい、何かご用ですか?」

「部屋で考えていても埒が明かないから、気分転換に庭に出てきたけど、やっぱり一人で考え込んでいても堂々巡りなの。今、忙しく無かったら、少し話相手になってくれない?」

 その申し出に、彼は困惑した表情になった。


「いやぁ、ですが、儂の様な無学の年寄りには、お嬢様のお勉強になる様な、気の利いた事は言えませんよ?」

「勉強じゃないし、会話している間に、思いがけない発見があるかもしれないから。駄目かしら?」

 そんな事を神妙な口調で言われ、ドルパは(それでお嬢様の気が済むのなら)と、快く了解した。


「いえ、そういう事でしたら、少しお付き合いします」

「良かった。じゃあここに座って」

「こりゃあ、恐縮ですな」

 ベンチの空いているスペースを指し示され、彼はバスケットを挟んでエセリアの隣に座った。すると彼女はバスケットの中から色々取り出しながら、話し始める。


「それで、今悩んでいる事って言うのは、これについてなの」

 そして自分達の間に広げられた紙と、その上に乗せられた代物を見て、ドルパは当惑した顔になった。


「これは……、随分色々な形や大きさの物が……。無学で申し訳ありませんが、チェスの駒と言う奴ですか?」

「ううん、それよりはかなり小さいわ。新しいゲームをする為に試作した駒なの」

「はぁ……、ゲーム、ですか……」

 まだ困惑しているドルパにも理解できる様に、エセリアは分かり易く説明を始めた。


「この紙に書いた線が交わっている所に、黒丸が付けてあるでしょう?」

「はい、一杯ありますね」

「その黒丸の所を、この駒が移動していくの。普通は黒丸同士の間一個分だけど、進行方向に別な駒がある時は、それを飛び越えて進めるのよ」

 言いながら黒丸の上に円筒形の駒を幾つか立て、その一つを摘まみ上げて動かして見せると、彼は納得した様に頷いた。


「ほう? こりゃあまた、得しましたな」

 その素直な感想に、思わずエセリアは笑いを誘われた。


「そうなの。だから例えば、こんな風にあったら、斜め前方や後方に飛びながら、かなりの距離を移動できるのよね」

「それは面白そうですね、お嬢様」

 ポンポンと次々他の駒を飛び越えながら動かして見せると、ドルパがにこやかに頷いた。しかしここでエセリアが、表情を暗くして呻く様に言い出す。


「だけどね……。肝心の駒で躓いちゃったの……」

「何が拙いんですか?」

 急に様子が変わった事に驚きながらドルパが尋ねてきた為、エセリアは律儀に答えた。


「成形しやすいから、この前と同じく材料はコルクにして、つまみ上げ易い様に円筒形にしたら、軽くてバランスが悪くなって、倒れ易くなっちゃったの」

「……はあ、言われてみれば、その様ですね」

 彼女が説明しながら、立てている駒に軽く触れただけで、それは呆気なく倒れた。それを目の当たりにしたドルパは、何とも言えない表情になる。


「それでワーレスさんが色々考えて、底が広くて上に行くほど細くなって安定する、円錐形とか角錐形の駒を考えてくれたの。それがこれよ」

 そう言いながらエセリアがバスケットから続けて出してきた物を見て、彼は感心したように頷きながら賞賛した。


「なるほど! さすがは王都内でも羽振りが良いワーレスさんだ。これならちょっとやそっとで倒れませんよ。良かったですね、お嬢様!」

「だけどね? そうしたら今度は、つまみ上げ難くなっちゃったのよ。上の方が細いから」

「ええと……。はぁ、なるほど。こりゃあ確かに……」

 試しに摘まみ上げてみようとしたドルパだったが、エセリアの説明が正しい事を悟った。そんな彼を見ながら、エセリアが独り言の様に続ける。


「試しに底が平らで一部くびれて、上部が膨らんでいる、あの独特の形をデッサンして渡したけど、『この様な細かい作業を必要とする物を、この小ささで均一に作るのは不可能でして』って言われちゃうし!」

「お嬢様も、大変ですなぁ……」

「そうなのよ」

 話の内容が微妙に分からなかったものの、ドルパが思わず同情すると、エセリアが深々と溜め息を吐いた。


(オセロの次は、同じ様にルールがシンプルで駒の種類も少ない物と思ってダイヤモンドゲームにしてみたものの、こんな根本的なところで躓くなんて。本当に予想外だったわ)

 そこでエセリアは、自問自答を始めた。


「うぅ~ん、材質を変えれば良いのかしら? でも金属は鋳型とかが作れるかしら? 石材だとこのサイズは、小さ過ぎて確実に無理よね。 木材とか、思い切って紙で作っちゃうとか……」

「ふぅん、倒れ易く、立たない、か……」

 ブツブツと呟きながら、自分の考えに没頭していたエセリアだったが、ドルパも真顔で円錐形の駒を取り上げ、しげしげと観察した。

 そして少ししてから、控え目にエセリアに声をかける。


「エセリアお嬢様。ちょっとお尋ねしても宜しいですか?」

「ええ、何?」

 顔を上げて視線を向けてきた彼女に、ドルパは真剣な表情で問いを発した。


「この駒とやらは、この紙の上を動かすんでしたよね?」

「ええ、そうよ?」

「これはどうしても、紙で無ければいけないんですかね?」

「え?」

 そんな予想外の事を尋ねられたエセリアは、戸惑いながらも答えた。


「どうしても、紙でなければいけないってわけじゃ無いけど……。それがどうかしたの?」

「じゃあ紙の代わりに、これを板で作っても構わないんですね?」

「……そうね。よくよく考えたら、チェスだってチェス盤でするわけだし」

 チェス盤に思い至ったエセリアは素直に頷いたが、ドルパの斜め上の質問は更に続いた。


「それなら、この紙と同じ大きさの板に、この模様を写して、テーブルみたいに足を付けても構わないでしょうかね?」

「え? あの、ドルパ? テーブル? それは構わないけど、どうして足を付ける必要があるの?」

 本気で戸惑ったエセリアだったが、彼は事も無げに理由を答える。

「そりゃあ、穴を掘る為ですよ」

「……はい?」

 全く意味が通じずに、エセリアが瞬きもせずに固まると、ドルパが慌てて言い直した。


「あ、ああ、いや、すみません。間違えました。地面に穴を掘る様に、板に穴を開けるんです。その黒丸の場所に」

 そう説明された彼女は、何とか気を取り直して問い返した。


「ええと……、穴を開けるまでは分かったけど、それをどうするの?」

「そこに、この尖った方を下にして、さくっと差し込むんですよ。いやぁ、見れば見るほど、杭の先端にそっくりですからね。掘った穴に差して苗木の支柱にする要領で穴に刺せば、動かないし反対側が広いから持ち易いと思いまして」

「…………」

 そこでエセリアが完全に無表情になって黙り込んでしまった為、ドルパはすっかり恐縮しながら彼女に尋ねた。


「お嬢様? やっぱりこれは、反対向きにしてはいけない物だったんですかね? わけの分からん事を言って、申し訳ないです」

 そう言って神妙に頭を下げながら口にした、ドルパの謝罪の台詞を、エセリアの絶叫が遮った。

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