(32)アリステア潜入(?)作戦
アリステアを乗せた馬車は、無事に招待状に記載された時刻前に、王宮正面玄関前に到着した。そしてドアを開けて貰ってから、手を借りて降り立った彼女が、ここまで連れて来てくれた二人に笑顔で礼を述べる。
「お待たせしました、お嬢様」
「ありがとう。助かったわ。伯爵に宜しくね?」
「……はい。お伝えしておきます」
ナジェークに忠実な二人が、余計な事は何一つ言わずに頭を下げていると、閉じられた玄関を警備している近衛騎士達がやって来て、アリステアに声をかけた。
「失礼ですが、どなたですか? どうしてこちらに?」
「どうしてって……。建国記念式典に参加しに来たに決まっているでしょう?」
どうしてそんな分かり切った事を聞くのかと、呆れながら言い返したアリステアだったが、それを聞いた騎士達は揃って困惑顔になった。
「おかしいですね。もう殆どの方は、会場の大広間に入場していらっしゃいますよ?」
「先程、侯爵家や公爵家の方々が、お入りになりましたし」
「だから玄関を閉じるように、上層部からの指示が出た後なのですが」
「何言ってるのよ、私は特別なの! だって招待状の時間だって、間違えていないわよ? ほら、この通り! さっさと中に入れなさいよ!」
「……拝見します」
ここまで来て締め出されるなんて冗談じゃないと、彼女が怒って喚き立てると、一応突き出された招待状を受け取った騎士を囲んで、同僚の騎士達が顔を寄せ合って囁き始めた。
「何だ、どうした?」
「何を揉めている?」
「いえ、それが……」
「この招待状は、本物みたいだが……」
「時間帯がおかしいな。記載ミスか?」
「しかし、それにしてもおかしく無いか? 一人だけで来るなんて。家族は知らないのか?」
「下手に不審者を通すわけには……」
この間に彼女を送り届けた二人は、馬車ごとさっさと姿を消しており、即座に判断を下さない目の前の人間達に対して怒りを募らせた。
(もう! グラディクト様直々の指示で動いてくれた人達はテキパキしてたのに、同じ近衛騎士団でも使えない人って多いのね! 後でグラディクト様に、職務怠慢ぶりを報告してあげるから!)
そんな中、一人の近衛騎士が、その場の責任者に対して申し出た。
「小隊長、意見具申しても宜しいでしょうか?」
「許す。何だ、イズファイン」
「見た所、招待状は内務局から発行された本物です。時刻に誤記があってそれに従ったのなら、彼女を責められないでしょう。寧ろ、ここで遅刻した事を理由に彼女を門前払いしたら、騎士団上層部から現場の我々に対して、臨機応変の判断が出来ないとの評価が下されそうです」
イズファインにそう指摘された彼は、渋面になりながらそれを認めた。
「……確かにな。それで?」
「まだ若干、両陛下のご入場には間がある筈。今のうちに急いで会場入りして頂ければ、大抵の方は玉座を方を注視されている筈ですし、後方のドアから一人位入り込んでも、気が付かれないのでは無いでしょうか?」
それを聞いた、彼の判断は早かった。
「よし、分かった。それではイズファイン。お前が速やかに、彼女を大広間まで誘導しろ。暫くの間、持ち場を離れる事を許す」
「了解しました」
完璧な敬礼を見せてから、イズファインは彼女に歩み寄り、恭しく頭を下げた。
「お嬢様、お待たせして申し訳ありません。私が大広間までご案内致します」
「本当に手際が悪いわね! グラディクト様が知ったら、お怒りになるわよ?」
きちんとした招待状を持っているのだから、通されて当然との認識しかなかったアリステアは、待たされた事に対しての文句を吐いてから王宮内を進んでいったが、それを見送った騎士達は、揃って不愉快そうに顔を顰めた。
「何なんだ、あのガキは」
「招待状の名前を見たか? ミンティアなんて家名、聞いた事無いぞ。そんな下っ端貴族のくせに、偉そうに」
「イズファインの奴、あんな失礼な女にまで、丁重に接する必要は無いのにな」
「全くだ。あいつは近衛騎士団団長の息子で、れっきとした伯爵家の令息だってのに」
「だが『入団に当たって、特別扱いは不要。きちんと一騎士として勤務します』と宣言して、有言実行しているあいつらしいよな」
「違いない。あいつは本当に、真面目で性格の良い奴だ」
そんな風にアリステアを貶した後、彼らは自分達の同僚を褒め称えつつ、当初の持ち場に戻って行った。
「ありがとうございます。会場の場所なんか分からないし、助かりました」
「いえ、これ位、何でもありません」
「お礼にあなたの事を、グラディクト様に伝えて誉めて貰いますね! お名前は何と言うんですか?」
(うっかり名前を彼女の耳に入れて、それを公言されたら、王太子達と何か繋がりがあるのかと、周囲に誤解されかねないからな)
足早に並んで歩きながら、アリステアが何気なく名前を尋ねてきたが、イズファインは素直にそれに応えるつもりはサラサラなく、さり気なく話題を逸らした。
「それよりも、お嬢様のドレスは本当に素敵ですね。正面玄関で、本日出席される方々を一通り目にしましたが、お嬢様ほどセンス溢れる装いの方は、それほどいらっしゃいませんでしたよ?」
その途端彼女の顔が、傍目にも分かるほどに輝く。
「本当に? 私もこのドレスには、自信があるのよね! 色々意見を出して、要望通り作って貰ったし! あのお店は、本当に良い仕事をしてくれたわ!」
「そうでございますか。それに華美過ぎず、ドレスのイメージと色に合ったアクセサリーの選択もなかなかだと思います」
「でしょう! グラディクト様のセンスはさすがよね!」
「……全くその通りでございますね」
(この時点で、軽々しく殿下の名前まで口に出すとはな。事情を知らない奴が案内していたら、忽ち不審がられて、王広間に到達する前に尋問コース一直線だぞ)
本来なら一子爵令嬢が、公の場で親し気に王太子の名前を口にする事などありえない為、その危険性が否定できなかったからこそ、正面玄関担当の同僚と不審に思われない様に勤務を交代して貰い、彼女を待ち受けていたイズファインだったが、改めて彼女の迂闊さを目の当たりにして頭痛を覚えた。
「ご苦労様です」
「うん? その女性はどうした?」
「招待状の記載ミスで、来場が遅れてしまった方です。小隊長の指示で、こちらにお連れしました。両陛下ご臨席の前なら、目立たず入場するのに支障はないかと」
アリステアを連れて、大広間の出入り口を警備していた責任者の下に真っ直ぐ進み、イズファインが端的に事情を説明すると、彼と顔見知りだった責任者は、全く疑わずに部下に指示した。
「そうか。それでは、すぐに入って頂かないと拙いな。おい!」
その指示ですぐに大広間の扉の片方が僅かに開けられ、彼がアリステアに入るように小声で促す。
「静かにお入り下さい。両陛下のご入場をお待ちして、皆様静粛にしていらっしゃいますので」
「分かったわ。ありがとう」
対する彼女も小声で礼を言い、扉の隙間から大広間に滑り込んだ。そして元通り扉が閉められるのを確認してから、イズファインが責任者に向かって敬礼する。
「それでは、私は持ち場に戻ります」
「ああ、ご苦労だった」
(さて、役者は出揃ったな。直に見られないのは残念だが、後始末もあるからな)
いつも通りの表情を装いながら、イズファインは少しだけ残念に思いつつ、正面玄関へと戻って行った。
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