(23)思わぬ消息

 修学場での学習期間を終えて、半年近く経過したある日。シレイアの家をエマが訪れた。

「こんにちは。お邪魔します」

「どうぞ、入ってエマ。久しぶりね」

 休日にシレイアと予定をすり合わせてやってきたエマは、挨拶を済ませて応接室のソファーに落ち着くと、持参した五冊の本を布袋から取り出す。


「今日は、私と他の皆で借りていた本を全部持ってきたわ。返すのが予定より随分遅くなってしまったわね。本当にごめんなさい」

 申し訳なさそうにエマが謝ってきたが、友人たちの事情を良く分かっていたシレイアは、笑顔で彼女を宥めた。


「良いのよ。エマだけじゃなくて、皆も家の仕事や勤め先の仕事を本格的に始めて、忙しいんだもの。その合間に、気分転換に読んで欲しいと思って貸しているんだから、焦って読んだりしないでゆっくり楽しんで。皆にも、そう伝えてくれる?」

「ありがとう。伝えるわ」

「それじゃあ、今度はこれを読んで貰おうかと思って、準備しておいたの」

「ありがとう! また仕事の後の楽しみができたわ!」

(喜んで貰えるのは本当に嬉しいけど……、やっぱりちょっと考えてしまうわね……)

 シレイアが予め用意しておいた何冊かの本を、戸棚から取り出してエマに差し出す。するとたちまち彼女は笑顔になり、いそいそと持参した布袋に受け取った本を入れ始めた。その様子を見て、シレイアは一人考え込む。


「シレイア? なんだか変な顔をして、どうかしたの?」

 本を入れ終えてから友人の異常に気が付いたエマは、不思議そうに声をかけた。それで我に返ったシレイアは、苦笑まじりに応じる。


「あ、ええと……。ちょっと考えていたの。やっぱり自分って、相当恵まれているんだなって」

「ふぅん? 他の子供が働いている年でも働かずに勉強だけしているから、それで引け目を感じるとか?」

「うん、まあ……、そんなところ?」

 するとエマは、若干呆れたように言い聞かせてきた。


「シレイアって相変わらず、変なところで真面目で変な風に物事を考えるのね。そんなのは修学場に入った時から分かっているし、人によって家庭環境が違うのは当たり前じゃないの」

「それはそうだけど……」

「貴族の子供は小さい頃から贅沢三昧で、ちゃんと勉強する子はいると思うけど、勉強しない子はしなくてすむんじゃない? それにあくせく働かなくても良いんだし。そんなのと比べたら、シレイアは勉強を頑張っているし偉ぶったりしないし、はるかにまともな人間だと思うわよ?」

「うん、ありがとう」

「あ、貴族といえば……」

 かなり救われた気持ちになりながら、シレイアは笑顔で頷いた。しかし何故かここで、今度はエマが微妙な表情になって口を閉ざしてしまう。


「エマ。どうしたの? 急に黙って」

 今度はシレイアが不審に思いながらエマに声をかけた。するとエマは、かなり迷いながら口を開く。


「その……、実は昨日、レスターが家に帰ってきたのよ」

 その報告を聞いてシレイアは驚き、慌てて問いただす。

「え!? ちょっと待って……。それなら時期的にいうと、ちゃんと半年間の試用期間を終えたのよね?」

「うん。本人も『シェーグレン公爵家に正式採用された』と言っていたわ」

「良かったじゃない! いきなり姿を消したし、凄く気になっていたのよ! 安心したわ! 本当に良かった!」

「そうよね……。良かったのよね。良かったんだけど……、あれって、どうなのかな?」

 この間、薄情にもうっかりレスターのことを忘れてしまっていたものの、半年前の拉致現場の光景をまざまざと思い出してしまったシレイアは、心の底から安堵して歓喜の叫びを上げた。しかしエマはどこか浮かない顔のまま自問自答しており、さすがにシレイアも異常を感じる。


「エマ? 今の話に何か問題とか、気になることでもあるの?」

 そう促されたエマは、かなり困った顔で自信なさげに言い出す。

「ええと……、私、シレイアと違って作文が苦手だったし、上手く言える自信がないんだけど……。レスターなんだけどレスターじゃなくなっていたと言うか、なんと言うか……」

「はぁ? どういうこと?」

「あのね? 顔形とかは、間違いなくレスターなの。どこからどうみてもそうなのよ。だけど言葉遣いとか立ち居振舞いとか、醸し出す雰囲気とかが悉く以前と違っていて……。スカールおじさんとアニタおばさんが、『お前、本当にレスターか?』と真顔で言ったくらいだもの」

「……何それ?」

 見た目が間違いないのに親が疑うなんてどういうことだと、シレイアは内心で呆れた。


「スカールおじさんが、そんなレスターを目の当たりにして何やら凄く恐れおののいて、『これはきっと神様の御業みわざだ。俺は神の怒りに触れないよう、心を入れ替えて酒を止める』と真剣な顔つきで宣言するし、アニタおばさんは『神様! 夫と息子の性根を叩き直してくださって、本当にありがとうございます!』と絶叫して、号泣していたわ」

「なんだか、あの馬車が来た時のような騒ぎになったみたいね」

「あの時以上かもしれないわ。通りの皆もレスターの豹変ぶりを目の当たりにして、『公爵家の執事教育ってのは大したものだな』『半年でまるで別人だぞ』『レスターも良く頑張った』と感心しきって大盛り上がり。例の賭けの掛金でお酒や料理を急いで準備して、通りに椅子やテーブルを出して昨夜は遅くまで宴会だったのよ。おかげで寝不足で……。今日が休みで良かったわ」

「それは災難だったわね」

 げっそりした顔で告げたエマを見て、悪いとは思ったもののシレイアは笑ってしまった。


(レスターを見慣れている人達がそんなに驚くだなんて、一体どんな風に変わったのかしら? できれば直に会ってみたいわね)

 そんなことをシレイアが密かに考えていると、エマがタイミング良く言い出す。


「ほら、マルケス先生が言っていた、同窓会って言うんだっけ? 昨日、その話をレスターにしたのよ。この間、全然連絡できなかったし。そうしたら自分も出たいって言ってたから、日程が決まったら私がレスターに連絡するね。今日はこのことも伝えるつもりで来たのよ」

 願ってもない申し出に、シレイアは満面の笑みで了承した。


「分かった。じゃあ連絡網で今後エマが担当するのは、レスターとエミリオとリーリアとテレーズね。ローダスにも伝えておくから」

「うん、よろしく。シレイアも同窓会でレスターと顔を合わせたら、きっと度肝を抜かれるわよ?」

「う~ん、全然想像できないわ。一体、どんな風に変わったのかしら?」

「あとは、見てのお楽しみとしか言えないわね」

「分かった。同窓会の楽しみが一つ増えたわ」

 それから二人は笑顔で近況を報告し合ってひと時を過ごしてから、近日中の再会の約束をして別れたのだった。


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