(23)ソラティア子爵家の危機

 早速シレイアはサビーネと共に、カレナとの話し合いの場を持つ算段をつけた。

 当日、紫蘭会の談話会が終了後、二人はカレナを促して店舗内の空き部屋に移動する。そこに設置してあるテーブルを囲んでから、二人は改まってカレナに声をかけた。


「カレナさん、今日は時間を取ってくれてありがとう」

「あまり遅くまで引き留めないつもりだけど、ご家族に何か言われなかった?」

「それは大丈夫です。サビーネさんとシレイアさんに関しては、以前から紫蘭会の会合でお見かけしていますから。家族には面識がある方とお話をしてくると言って、了解を貰っています。それで帰りの馬車の到着予定時間も、時間に余裕を持たせてありますし。それで、今日は何か重要で内密なお話がしたいとの事でしたが、どう言ったご用件でしょうか?」

(うん、確かに貴族のお嬢様でも、しっかりしたタイプね。物怖じせずに話しているのも好印象だわ)

 カレナに対しては、以前から明るい笑顔を絶やさず、利発そうな受け答えをする少女だとの印象を持っていたシレイアだったが、直に接してみてその印象を上書きした。


「話は幾つかあるのだけど……、まずエセリア様に関してなの。カレナさんがエセリア様を尊敬しているのは、これまでの紫蘭会での各種会合での言動から、私達も知っているけど」

 まずサビーネが、注意深く話を切り出す。するとカレナが、妙にしみじみとした口調で語り出した。


「勿論、マール・ハナーとして知る人ぞ知る活動をされているエセリア様を、心の底から尊敬しています。ですがそれだけではなく我が家はシェーグレン公爵家に多大な恩がありますから、そこのご令嬢であるエセリア様に対しては、主君に対する忠誠心に類するものを持ち続けていくつもりです」

「多大な恩? 単なる社交界での家同士の繋がりとかではなく?」

「はい。我が家の失態で、危うくシェーグレン公爵家に恥をかかせるところだったのです。本当に、あの茶葉の件が大事にならないうちに解決して良かった。大々的に売られてしまった後だったら申し訳なくて、とてもエセリア様の前に顔を出せなかったし、クレランス学園に入学することすら遠慮したかもしれません」

「入学しなかったかもしれないなんて、穏やかではないわね。シェーグレン公爵家と、何かトラブルでもあったの?」

 思わぬ打ち明け話にシレイアは驚き、思わず口を挟んでしまった。それに真顔でカレナが応じる。


「公爵家と直接揉めたわけではないのですが、恥知らずの商人のせいで、危うく私の家が社交界から白眼視される事態になりかけた出来事があったのです」

「どういう事? 差し支えなければ聞かせてもらえない?」

「はい。我が家とシェーグレン公爵家との直接交流が始まったのは、希少価値の高いカルディン国産のジューディ茶の苗を購入したワーレス商会が、国内でも有数の茶葉の産地であるソラティア領で栽培して貰えないかと、公爵家を介して依頼してきたのが発端だったのです」

 それを聞いたシレイアは、一瞬考え込んでから確認を入れる。


「何かで読んだことがあるわ。原産国とは土壌や気候が異なるからこの国では上手く育てられない上、苗を運んでくる事自体、この国とカルディン国の間に国を二つ挟んでいるから相当困難ではないかしら? 爽やかな独特の香りとほのかな甘味が特徴の、幻の高級茶葉よね?」

「さすがシレイアさん! その通りです。シェーグレン公爵家が仲介してきたお話ですから、我が家でも慎重を期してワーレス商会から預かった苗と十分な資金を、技術と経験が確かな五軒の栽培農家に均等に分配して育てさせたんです」

「へえ……。それでどうなったの?」

「五軒のうち二軒は、2年以内に苗がきちんと育たずに枯れてしまいました。その都度ワーレス商会に連絡して謝罪していたのですが、『上手くいかないのも折り込み済みですから、お気遣いなく』と言っていただいて、特に違約金なども請求されませんでした」

「さすがワーレス商会ね」

「ええ、懐が広いわ。それで残りの三軒は?」

 サビーネと共にシレイアが相槌を打ち、カレナも落ち着いた口調で話を続ける。


「なんとか栽培に成功して、家によって差はあるものの挿し木や種蒔きで順調に木を増やし、この何年かで商品として出荷できる寸前にまで育てる事ができました」

「あら、良かったわね」

「良くありません! その栽培農家の一軒が地元の商会に我が家に無許可で茶葉を売って、その商会が王都の商会に幻の茶葉だと言って持ち込んで、そこで少量ですが売られてしまったんです!」

「え? どういう事?」

 急に声を荒らげたカレナを見て、サビーネは面食らった。しかしシレイアは、瞬時に真剣な顔つきになって問題を指摘する。


「そのお茶の木は、元々ワーレス商会から栽培を依頼された物。しかもかなり高額な栽培費用をワーレス商会が負担して予め支払っていたのだから、生産した茶葉は全てワーレス商会に渡さなければいけない契約だったのよね?」

「その通りです! それなのに元々我が家に出入りしていた商会が、希少価値のある茶葉に目をつけて、『油断して少し枯らしてしまって、予定より茶葉が採れなかったと領主様には言っておけば良い』と農家を丸め込み、その農家もはした金に目が眩んで一部を売り渡したんです! そして『王都内の某商会で質の悪いジューディ茶が売られていましたが、どういう事でしょうか』と現物持参でワーレス商会の使いが来た時の、我が家の混乱と狼狽ぶりを想像してみてください!」

 その訴えを聞いたサビーネとシレイアは、時の状況を想像し、揃ってソラティア子爵家に同情した。


「それは大変だったわね……。信用問題に関わるし、仲介したシェーグレン公爵家の体面を潰すことになるもの」

「なるほど……。だから『社交界で白眼視』とか『エセリア様の前に顔を出せない』事態になるわけね」

「そうです。それで両親は真っ青になってワーレス商会とシェーグレン公爵家に弁明に出向き、領地に信頼できる人を派遣して三軒の栽培農家について調べたら、諸々の事情が判明しました。同時進行でワーレス商会とシェーグレン公爵家が地元の商会と王都で茶葉を販売していた商会の繋がりを突き止め、証拠も抑えていたそうです。それで『ソラテイア子爵家には、なんの落ち度もないのが判明しています。お気になさらず』とナジェーク様に言って頂いて、両親は安堵のあまり号泣していました」

 カレナが当時を思い返しながら、安堵の口調で告げる。そこでシレイアは、ちょっとした引っ掛かりを覚えた。


「ナジェーク様がそう言ったの? 公爵様ではなく?」

「はい。この件の対応は、公爵様からナジェーク様に一任されていたとか。ナジェーク様はまだ学生の身だったのに、凄いですよね」

(なんだか急に、裏があるように思えてきたのは気のせいかしら?)

 本心から尊敬している笑みを浮かべながらカレナが説明したが、ナジェークの有能さと底知れなさと容赦の無さを知っていたシレイアは、僅かに顔を引き攣らせる。そんなシレイアの様子に気がつかないまま、サビーネが問いを重ねた。


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