第3章 “学園”は、全力で避けたい鬼門です

(1)これってシナリオ補正?

 公にはされていないものの、エセリアが国教会の貸金業務外部顧問と言う立場になってから、早四年。この間、定期的に総主教会を訪問していた彼女は、その日も総主教会の一室で、総大司教に次ぐ地位にある人物と顔を合わせていた。


「エセリア様。わざわざご足労頂き、ありがとうございます。こちらが前回お越し頂いた時以降の、貸し出し実績の報告書と、回収分の利益になります」

「御苦労様です、ケリー大司教様」

 恭しく差し出された書類の束と、金貨や銀貨が詰められた皮袋を受け取ったエセリアはそれを無言で確認し、間違いが無い事を確認すると、再び貨幣を皮袋に詰めて相手に返却した。


「それではいつも通り、この半分は教会運営の孤児院に寄付し、残り半分は貸し出し用の資金に組み込んで下さい」

 それを満面の笑みで受け取ったケリーは、心の底からエセリアを褒め称えた。


「いつもありがとうございます。本当にエセリア様は無私の方でいらっしゃいますな。毎回の利益を寄付と貸し出し資金に組み入れておられる他、ワーレス商会から分配された利益の殆ども同様にしておられるので、この一年の寄付額と新規貸し出し額は、エセリア様が最大でいらっしゃいます。なかなかできる事ではございません」

「あら、それは知らなかったわ」

 穏やかに微笑み返した彼女だったが、内心ではかなりの計算違いにうんざりしていた。


(家は裕福だからお金に不自由はしてないし、他に使い道もないから『私が出資した分は、貸し倒れになっても良いので、本当に困っている返済が困難な方に貸し出して下さい』と言ったのに。それで返せなくなって大金が焦げ付けば、『そんな先見性の無い娘を、王太子妃などにできるか』なんて声が上がるのを期待していたのに……)

 そこまで考えて、エセリアは目の前のケリーに笑顔を振り撒きながら、忌々しげに小さく舌打ちした。


(その通り危ない人ばかりに貸した筈なのに、何故か皆さん事業に成功して貸し倒れが皆無で、恩を返しますとばかりに貸金事業に次々出資して、教会は以前より信者からの求心力がアップした上に、手数料だけでウハウハ状態……)

 思わず小さく溜め息を吐いたエセリアだったが、機嫌良く喋り続けるケリーは、彼女の心情に全く気が付かなかった。


「教会の貸金事業もこの四年程ですっかり軌道に乗り、教会内部でも随分と利益を上げた者がおりますが、最大の功労者のエセリア様が率先して利益を私物化せず教会に還元しておられますので、彼らはあなた様のお姿を見て、日々自らを戒めているのです」

「まあ、そんな。れっきとした聖職者の方々の規範になるなど、恐れ多い事ですわ」

 そう言って恐縮気味に笑ったエセリアだったが、内心では激しく毒吐いていた。


(ちっ! 盛大にお金儲けに関わっていたら、『将来の王妃候補としてどうか』とかの声も上がるかと期待していたのに)

 するとここで、ケリーが若干声を潜めて言い出す。


「ここだけの話ですが……。王太子殿下の婚約者たるエセリア様に、お金に関する事業に積極的に関わって頂くのはどうなのかと、国教会内部でも議論になった時期があったのです。しかし、その誠実で清廉な行いを目の当たりにして『この国の国母は、エセリア様しか有り得ない』と、今では教会内で意見が一致しております」

「そうですか……。光栄です……」

 それを聞いたエセリアは、顔が引き攣りそうになるのを必死に堪えた。


(なんかもう……。打つ手打つ手が悉く裏目に出るって……)

 頭痛を覚えてきたエセリアだったが、ここでケリーが話題を変えてきた。


「それからエセリア様の提案を基に、昨年から本格的に始動しました財産信託制度ですが、既に登録者が百名を超えております」

 それを聞いて、エセリアは素直に驚いた。


「そんなにおられるのですか?」

「はい。私もここまで登録希望者が出るとは……。没後の親族間の争いを、それだけ憂う者が多いと言う事。本当に嘆かわしい事です。実は私が担当した件で、先月派手に揉めまして……」

「え? 大司教自ら担当を?」

 総主教会でも重鎮である彼が、一個人の担当になるとは思えず、エセリアは戸惑ったが、彼は苦笑しながら説明を加えた。


「普通なら司祭もしくは司教までの者が担当に付くのですが、依頼人は子爵夫人だった上、少々事情がありまして」

「平民では無くれっきとした貴族のご婦人が、財産を預けると言うのはどういう事でしょう? 身寄りが全くおられないと言う事ではありませんよね?」

「はい、れっきとしたご夫君がいらっしゃいますが、まともに領地経営をせず、日々遊んでおられるらしく……。これまでも度々、奥様の実家に借金を申し出ていたとか」

「まあ……」

 途端に苦々しい口調で語り出したケリーを見て、普段の温厚な彼を見知っていたエセリアは、その子爵とやらがどれほど不快な人間なのだろうと、密かに呆れた。


「その借金を断られると、『病気の妻の治療に金がかかる』とか『娘の教育や服飾品に金が必要』と名目をつけて金をせびるので、夫人の実家では現金を渡さずに直接医師や教師を派遣したり、現物で渡していたそうです」

「他の用途に流用されると妻の実家に疑われるとは、よほどの事ですわね」

「全くです。どうやら夫の子爵には長年の愛人と、その女性に生ませた私生児がいるらしく『自分が死んだら、夫は私が嫁入り時に持参した財産を娘に渡さずに取り上げて、愛人と隠し子を家に入れるに決まっています。これまでに、散々迷惑をかけた実家には頼れません。大司教様に娘の正当な権利を保証し、保護して頂きたいのです』と死相が出た顔で子爵夫人に涙ながらに訴えられて、思わず貰い泣きをしてしまいました」

 当時の事を思い出したらしく、しんみりとした口調でケリーが語った内容を聞いて、エセリアも心から同情した。


「そんな事が……。子爵夫人はご令嬢の行く末を、どれほど心配されたのか。他家の事に口を挟めませんが、何ともお気の毒な……」

「見ず知らずのエセリア様にそう言って頂けるのなら、子爵夫人の魂も少しは安まりましょう」

「それでは、その子爵夫人は……」

「先月、お亡くなりになりました」

「……お気の毒に」

 そして少しの間、室内に静寂が漂ってから、再びケリーが口を開いた。


「その直後、夫の子爵がこちらに『私の財産を返せ!』と怒鳴り込みまして。娘から取り上げた鍵で夫人の葬儀直後に金庫を開けたら、夫人が所有していた宝石が無く、こちらとの契約書があったので激高したのですね」

 淡々と説明したケリーだったが、それを聞いたエセリアは顔を顰めた。


「まあ……。国教会、しかも王都の総主教会に怒鳴り込むなど、何て罰当たりな。それに財産信託制度は単に個人と教会間での契約ではなく、きちんと法的手続きを法務局に認めて頂いている制度ですよ? それに異議を唱える事は、陛下の施政に対して異議を唱える事と同様だと、理解されていらっしゃらないのかしら?」

「全く分かっておられなかったみたいですな。それを懇切丁寧にご説明しましたら、顔を真っ赤にしてお引き取りになりました。ですが、その様子があまりにも不穏でしたので、急遽騎士団に連絡して分隊を派遣して貰いました」

「どうして騎士団に連絡を?」

 いきなり脈絡も関係も無さそうな話になった為、エセリアが戸惑いながら問い掛けると、ケリーは苦々しい口調で経過を説明した。


「当てにしていた財産が手に入らなくなり、子爵が憂さ晴らしに娘に暴行を加えたり、娘名義の財産を自分に託す様に脅迫するかしれないと懸念致しましたので。案の定、騎士団と大司教の肩書きで屋敷内に強引に押し入りましたら、正に子爵が娘を打ち据えている所でした」

 それを耳にした途端、エセリアは軽く身を乗り出して怒りの声を上げた。


「何て事なの! 実の父親が娘に危害を加えるなんて!」

「そんな場面を見て、放置などできません。騎士団の方に子爵を押さえて頂いている間にご令嬢を引き取り、正規の手続きを済ませて傘下の修道院に預けました」

 そこまで聞いた彼女は、安堵して胸をなで下ろした。


「それを聞いて安心しました。それに大司教様の思慮深さには、改めて感じ入りましたわ」

「いえいえ、私は大司教として当然の事をしたまで。死期を悟った者が残り少ない人生を少しでも心穏やかに過ごせるよう、これからも誠心誠意尽くしていくつもりです」

「大司教様の様な方がこの総主教会にいらっしゃれば、王都内の人間は全員、安心して日々を過ごせますわね」

 そんな風に互いに笑顔で会話を続けながら、エセリアは内心で怒り狂っていた。


(本当は財産信託制度も、『教会が個人の相続問題に首を突っ込むなど言語道断』と、王家側から突っぱねられる事を見越して意見を出したのに、そそのかした私への悪印象を持たれるどころか、『弱い立場の相続人が不当な扱いを受ける話は、時折耳にしています。市中にある教会が管理して頂けるなら、願ってもない事』と王妃様が賛同しちゃったのよね。そして鶴の一声で、あっという間に法整備しちゃうし。本当に王妃様って、嫌になるほど有能……。しかし本当に国王、あんた何やってんのよ!?)

 そしてエセリアが、本来は国内で至高の存在である筈の国王に対して密かに八つ当たりしていると、ケリーが微妙に話題を変えてきた。

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