(6)お披露目

 ある朝、食堂に姿を見せた瞬間からエセリアは不気味な笑みを浮かべており、食事中もそれは変わらなかった。

「うっふっふっふー」

「朝からご機嫌ね、エセリア」

「はい、絶好調です!」

「……そう」

 さり気なく声をかけた母のミレディアに対してエセリアが満面の笑みで返した為、彼女はそれ以上何も言えなくなってしまった。そのやり取りをテーブルを挟んだ向かい側から眺めていたナジェークは、隣席の姉に囁く。


「どうしてエセリアが、あんなに気味の悪い笑い方をしているのか、姉上は知っていますか?」

「ええ。エセリアが五日前に頼んでいた物を持参して、今日ワーレス殿が屋敷に来る予定なの」

「そうでしたか。ですが、一体何を依頼したのですか?」

「内容は知っているけど、それが何にどう使う物なのかは、私にも分からないのよ」

「はぁ? 何ですか、それは?」

 困惑顔の姉を見てナジェークは目を丸くしたが、取り敢えず現物を見れば良いかと、それ以上の追及を避けた。

 その為食事が終わってから、ナジェークもエセリア達と一緒に彼女の部屋に行って様子を窺っていたが、彼の妹の挙動不審っぷりは時間が経つにつれてどんどん悪化していった。


「まだ? ねえ、まだ、呼ばれない?」

「はぁ……、まだ旦那様のお話が、お済みで無いと思われますが……」

 部屋の中をうろうろと歩き回りながら、数分おきにミスティに尋ねているエセリアを見て、コーネリアが幾分困った様に妹に言い聞かせた。


「エセリア。まずはお父様とワーレス殿の、大事なお話が済んでからよ? おとなしく待ちましょうね?」

「……はぁい」

 そう言われるとおとなしく頷いて椅子に座るものの、すぐにまた歩き始める彼女を見て、ナジェークは(そんなに欲しがるなんて、一体何だ?)と首を傾げていたが、そこで侍女の一人が顔を出して報告してきた。


「コーネリア様、エセリア様、応接室で旦那様がお呼びです」

「今行きます!」

「あ、エセリア! 待って!」

 そして声をかけられるなり駆け出して行ったエセリアを追って、コーネリア達も慌ただしく移動を開始した。


「ワーレスさん、いらっしゃいませ!」

「エセリア……、騒々しいぞ」

 応接室の扉を勢いよく開きながら叫んだ娘を見て、その無作法ぶりに父のディグレスは頭を抱えたが、公爵領出身の商人であるワーレスは、苦笑しながらエセリアに頭を下げた。


「お久しぶりです、エセリアお嬢様。ご希望の物を仕上げてまいりましたので、お確かめ下さい」

「ええ、ありがとう」

 そうして差し出された布袋の中身を取り出し、テーブルの上で確認した彼女は、まさしく希望通りの出来栄えに満面の笑みで礼を述べた。


「注文通りだわ。ありがとう、ワーレスさん」

「どういたしまして」

 そこで頷き返してから、ワーレスが不思議そうに問いを発した。


「ところでエセリア様。そちらの小さな円盤は、どういった用途で使われる物なのですか? 指示通り作ってはみたものの、どう使う物なのか皆目見当が付かずに、作った職人が首を捻っておりまして。差し支えなければ、私に教えて頂けないでしょうか?」

「うふふ、絶対そう言われるだろうと思って、ちゃんと持って来たの。ミスティ!」

「……はい、こちらです」

「これよ!!」

「はぁ?」

 付いて来た侍女に声をかけ、エセリアは持たせてきた用紙を意気揚々とテーブルに広げたが、ワーレスは戸惑った表情のままだった。その反応は予想できていた為、背後に佇んでいた姉達を振り返って声をかける。


「口で説明するより、実際にやっている所を、見て貰った方が早いわね。お姉様、お兄様、お手伝いお願いします!」

「え、ええ、構わないけど……」

「お久しぶりです、ワーレス殿」

「お久しぶりです、コーネリア様、ナジェーク様」

 そして小さめの丸テーブルを挟んで、二人に座って貰い、大人二人が背後からその様子を見守る中、エセリアが説明を始めた。


「それではまず、この駒を上下で塗り分けている黒と白、どちらを自分の色にするか決めます。取り敢えずお兄様は黒、お姉様は白ね」

「分かった」

「ええ、白ね」

 それからエセリアは駒を持ち上げ、用紙の中央のマスの中に置き始めた。


「そしてまず最初は、こんな風に中央の四つのマスに駒を四つ、黒と白を二個ずつ斜めに置きます」

「ああ、この紙は、チェスみたいに遊ぶための紙だったのね?」

「だけどエセリア、色々細かいルールがあるのなら、それを一覧できる物がないと困るけど」

 困惑気味に座ったまま見上げて来た兄に、横に立っているエセリアは自信満々に言い切った。


「大丈夫です、お兄様。ルールは少なくて至って簡単です。要は相手の色の駒を、自分の色の駒で縦横斜めで挟んでひっくり返して、自分の色に変えるだけですから」

「え?」

「ほら、こんな感じです」

 言いながら更に一つ黒を上にして駒を置き、黒の間に挟まれた白の駒を反転させてみせる。そのあまりの呆気なさに、コーネリアは瞬きした。


「ええと……、これだけ?」

「はい。そして黒から始めて交互に駒を置きながら進めていきます。ただし相手の駒を一つもひっくり返せない所には置けません。そして終盤でどこにも置ける場所が無かった場合、一回置くのはお休みして、相手に置かせる事になります」

 そこで目の前の駒を見ながら、真剣に考え込んでいたナジェークが、慎重に確認を入れてきた。


「なるほど。どこに置いても良いわけではないんだね? それではさっきエセリアは僕の駒を一つ挟んだけど、もしこういう風に二つとか三つとか挟んだ場合は、この間の相手の駒は全て自分の色にできるのかい?」

 そう言いながら更に駒を取り上げて並べ、例を示した兄に、エセリアは力強く頷く。

「ええ、そうです。全部こうなります」

 そこでナジェークが興味を引かれた顔つきになって、笑顔で姉を促した。


「へえ? なかなか面白そうだ。姉上、試しにちょっとやってみましょう」

「そうね。途中、良く分からなかったら、教えてね?」

「お任せ下さい、お姉様」

 そして笑顔で請け負ったエセリアが見守る中、二人の対戦が開始された。

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