435.ここまでくれば急ぐ必要はない
広げた地図に新しく色を塗る。他国だった白い土地が、我が国を示す青で塗り潰された。残る国はあと五つ――魔国バルバストルを除けば、四カ国だった。
「圧力をかけますか?」
「やぁね。そんな無駄なことしないわ。勝手に向こうが頭を下げるもの」
エレオノールの提案にクビを横に振った。あとは勝手に落ちてくる。手のひらを上に向けて待つだけでいいのよ。
圧力を掛ければ早く落ちるけれど、その分だけ怨恨が残る。今後シュトルンツの一部となる国民に、遺恨を残したら統治しづらいわ。何かあるたびに叛逆を心配するのも、大変じゃない。
何より、強行した私のツケを払うのが、娘ヴィンフリーゼになることが問題だった。私の代で叛逆してくれたら、私が責任を持って対応すればいい。けれど統一したはいいが不安を抱える案件を、あの子に相続させるのは気が引けた。
可愛い娘という以上に、あの子に特別な資質がない。いつ火が点くか分からない火薬庫を相続させて爆発したら、火の粉を払うのに時間がかかるだろう。そう予測できるから、強行はしたくなかった。
お母様のような狡さも、私の有能な側近も持たない。平穏に統治するには優秀だけれど、波乱万丈な展開になれば呑まれてしまう。そんな未来が想像できるのよ。
「リゼはいい子よ。頑張って学んだし、女王として判断もできる。でも普通の子なの。だから不安定な国を預けたくないわ」
「承知いたしました」
物語が中途半端な国があれば、年代が違えば、リゼのために有能な駒をかき集めた。けれど、今はその兆候がない。どころか、我が国を悪とする物語に一つだけ心当たりがあった。
これは大陸制覇の途中で気づいたの。物語の中で『大国』とだけ表現される、巨大国家。圧倒的な支配力を背景に、民の不平不満を押し込んだ。その国を打倒するため、滅ぼされた国の元王子が立ち上がる。
王道の勇者物語の一つ。その話に似ていた。気づいたら共通点ばかりが目に入る。女王が一代で成し遂げた大陸制覇も、併合されていく国の位置も。なぜ思い出せなかったのかしら。それもまた、この世界の作為なのでしょうね。
「プロイセ建国物語……だったわね」
だから大陸制覇を遅らせた。ゆっくりと時間をかけて、各国を併合していく。その際に武力衝突や強引な手法を控えた。これだけでかなり物語からズレていく。あとは四つの国が代替わりしたら、自然と次世代は私に首を垂れる。そのために外交で手を打ってきた。
あと少し。けれどまだ遠い。これでいいわ。制覇した私亡き後、娘が苦労して討伐される未来なんて、安心して成仏も出来やしない。あら、この世界でも成仏って通用するのかしら。
何にしろ、私の影響力を残したまま、ヴィンフリーゼの治世の足元を固めるわ。最後に魔国を切り離して形を整える。すべては、物語の強制力を消すために。
「あと五つ」
指先で撫でた地図の白い部分は、勇者の建国物語を潰すための大切な印。でも……終わりが見えてくると、なんだか寂しいわね。
「ヒルト様、あなたが望めばそれが正しいのです」
肯定するテオドールの言葉に頷き、私は口角を持ち上げた。そうよね、自信ありげに笑って敵を排除する。それでこそ、大国シュトルンツの女王だわ。
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