179.首を落として、はい終わり

 テオドールが得意げに箱を持ち込んだのは、翌日の午後だった。お昼も食べ終わり、散歩して昼寝でもしようかとエレオノールと相談している矢先。黒い布で包まれた箱を二つ並べられた。


「ローゼンミュラー王太女殿下、御申しつけの品でございます」


 確かに駆除を命じたけど、本当に中に首が入ってるのかしら。特に妙な臭いはしないけど。断首を命じたのに他の部位を持ち込むはずがないし。扇を広げて顔を半分ほど覆い、合図を出した。テオドールの指が布の結び目を解いていく。


 はらりと落ちた黒い布の中は、木製の箱だった。赤い色が滲んでいる。ここで目を逸らしたり悲鳴を上げるのは、一般的なお姫様ね。残念だけど、私は何度も見てきた。悲鳴を上げて逃げるほど、初心でいられないのよ。女王になるということは、手を染める覚悟が必要だもの。


「エレオノール、部屋を出なさい」


 青ざめて震える彼女に命令を下す。これなら従うのが当たり前だから、彼女の名誉に傷はつかない。エレオノールは王女だけれど、獣人は首を刎ねる真似はしない。殺すなら尻尾や耳など、当事者の特徴部分を持ち帰るのが通例だった。首なんて見たら卒倒しかねないわ。


 震えながら出ていくピンクのウサ耳に、何とも言えない気持ちになる。日本人だった前世の記憶からいえば「きゃぁ」と可愛い悲鳴を上げて失神したいわ。慌てた美形に受け止めてもらうところまでセットで希望する。でも無理だった。


 倒れたら美形のテオドールは受け止めてくれるけど、王太女である私に倒れるなんて許されないから。箱は良く出来ていた。上の天板を外すと、四方に箱が広がるよう作られていた。壺をしまうのにいいわね。ぱたんと前後左右の板が倒れる音がして、第二皇子アウグストを確認する。


「次」


 私の促しに、テオドールは箱を布ごと滑らせて左に寄せた。もうひとつの箱が開かれ、黒髪のレオナと目が合う。いえ、光がない凡庸としたガラス玉のようだった。それでも目が合ったの。深い息を吐きだす。断首台の切れ味がよかったようで、綺麗に落ちていた。間違いなくあの二人だわ。


「ご苦労だったわ。テオドール、戻してちょうだい」


 無言で箱を組み立てたテオドールは、後ろに現れた黒服の男へ箱を手渡す。深く頭を下げた男が消えるのを待って、テオドールは距離を詰めた。期待の眼差しに微笑みかけ、冷たくなった指先で頬を撫でる。


「ご褒美と罰で、そうね。褒美が余るかしら」


「はい、ありがとうございます」


 尻尾の幻影が見えるわ。もう全力で左右に振られる尻尾、きっと黒いに違いない。髪色の金ではなく、性格の悪さが滲んだ黒よ。


 戻される首は、処刑台の近くに並べられる。ルピナス帝国の罪人の処し方を継承し、人々は怒りの分だけ石を投げるのだ。民の不満を発散する意味もあるようね。最後は鳥に喰われて終わるまで。


 ただ魅了にかけられた皇子と魅了を操る魔女。そう考えたら罰が重い。でも私への無礼やシュトルンツとの力関係、魅了という危険な力を持つ転移者の処理としては正当だわ。


 立ち上がってテラスへ続くガラス扉を開け放ち、私は外の空気を大きく吸い込んだ。ああ、嫌だ。死んだ人間なんて関わるものじゃないわ。でも首を見て安心した。これで魅了を持つ転移者はもういない。私が知る4つの物語はすべて終わったのよ。

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