324.(幕間)愚かさを悔いて処刑を望む

 ラムブレヒト伯爵家はさほど古い家柄ではない。当主である私も数えて6代目だった。筆頭公爵家はすでに24代目になるので、その違いは一目瞭然だ。


 王家主催の夜会は、まだ若い王太女の婚約披露のために開催された。各地から集まった貴族に加え、他国からの来賓も多く参加している。ここで名を売ろうと人の間を渡り歩いたが、芳しい効果は見込めなかった。古い家柄の者が話に口を挟めば、そちらに話題を奪われる。


 新参者同士、貴族派が固まるのは王家の失策のせいだ。その考えが凝り固まって、コブが生み出す激痛のように頭の中で喚き散らした。王家が悪い。だがここで動く気はなかった。


 シュトルンツは実力主義だ。貴族派の中で力を示せば、自然と成り上がるチャンスは生まれる。少なくとも失敗したグーテンベルクやハーゲンドルフの二の舞はゴメンだった。機会を窺うしかない。いざとなれば、私の罪を背負わせることが可能な、生贄も用意しなくてはな。


 まだ若造で顔ばかり整った従者が、まさかの大出世――ワイエルシュトラウス侯爵を名乗り、私の上に立つ。腹立たしかった。数人の顔見知りを焚き付け、元執事のくせにと嫌味を投げかける。平然とした人形のような顔は、崩れも歪みもしなかった。


 まるで感情がないかのようで、薄気味悪い。一気にグラスを開けたところで、知人二人が王太女に突っかかった。ケンプフェル子爵と、ヒューゲル男爵の元妻だ。本来は妻を同伴すべき場へ、愛人を連れてくるケンプフェルの厚顔無恥こうがんむちな振る舞いに呆れる。


 ワインをもう一杯呷った。そこでふと気づく。彼らならば、生贄にちょうど良いのではないか? 今も次期女王に喧嘩を売っている。あの様子なら、誰も彼らの言葉を信じないだろう。けしかけて失態を引き出せば、溜飲りゅういんも下がる。


 これが転落の始まりだった。地下牢で己の無力さと愚かさを噛み締める。


 あの夜、王太女達を襲うケンプフェルとあの女を見送った。取り柄が顔だけの、気に食わない従者を追いかけた。侯爵の肩書きで死なせてやろう。この男を失って、王太女が嘆く姿も見たかった。


 ケガを負わせればいい。罪を背負う生贄は用意した。人気ひとけのない場所で、用意したナイフを振り翳す。護身用であっても武器の持ち込みは許されない。だから料理用のナイフを奪った。


 刃で切りつけ、派手にケガをさせるつもりだ。醜い傷をその顔に残したい。だから頭を狙ったのに……触れることも出来なかった。直後に、ものすごい衝撃で床に叩きつけられた。靴のちりを払うような仕草で、回し蹴りを喰らわされたのだと気づく。だが身動きは出来なかった。


「俺の首を狙うなど、愚か過ぎて呆れるが……我が姫がお楽しみになるなら、戯れも必要だ」


 こんなに口の悪い男だったか? 王太女の前で猫を被っているのだな。私の手から落ちたナイフを拾い上げ、指先で切れ味を確かめるように押す。


「使えないな」


 ムッとした口調で、ナイフを床に突き立てた。柔らかなパンに刺すように、ナイフが床石にめり込む。手首を軽く振って隠し持った刃物を手に握った。殺されるのかと怯えたが、あの男は己の首を僅かに傷つける。


 滲んだ程度で流れない血を指で触れ、嬉しそうに笑う。その顔に恐怖した。これは違う、真っ当な奴じゃない! 人殺しの愉悦の笑みだった。


「いつ殺すか、楽しみにしていろ。人の体は至る所で激痛を生む」


 美しい皮を被った化け物はにたりと笑い、私は震えるだけだった。明日、処刑されると聞いて、恐怖より解放される安堵の方が大きい。毎晩、丁寧に脅しに来るあの死神と……ようやく縁が切れるのだから。

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