325.(幕間)天邪鬼な僕の女王陛下
女王アマーリエの夫、王配として王族席で見下ろす景色は、いつもながら騒々しかった。凛々しく強い妻に似た娘は、王太女として立派に務めている。
「ようやく婚約まで漕ぎ着けたわね」
囁かれた声へ、頷き代わりの微笑みを向けた。うっかり会話をすれば、誰に漏れるか分からない。すぐ近くには給仕の侍女も待機しているのだ。身元調査はしっかり行なっているが、出身や性格を把握したからと安心は出来ない。恋人や家族を人質に取られて裏切る、なんてよくある話だからだ。
王配の地位は、女王を支えるために存在する。ここを勘違いする輩は非常に多かった。父が宰相をしている影響もあるだろう。王配には権力がある、そう思わせるのも一つの作戦として有効だった。僕は使わなかったけどね。
逆に無力な王配を装った。愛想笑いを浮かべて女王に
兄のカールハインツは、妹が結婚するまで結婚しないと言い放ち、僕を困らせる。我が侭に聞こえるこの言葉が、妹の地位を盤石にする布石のひとつと知っていた。だから強く勧めないが、先日結婚したい女性がいると相談された。
妹である王太女ブリュンヒルトが、重い腰を上げて婚約する。その披露のための夜会は、リッター公爵の挨拶から始まった。賢く美しく強いブリュンヒルトは、守らなくても良い男を選ぶ。顔が整って物腰柔らかく、だが内面は血塗れの狂犬だ。誰にでも噛み付くだろう。
飼い主のブリュンヒルトさえ、油断すれば骨まで食べ尽くす。危険な男だが飼い慣らしてみせる、と自信満々で紹介された。親としては反対したい。だが、あの子の歩く道は険しい。己の選んだ伴侶と歩くなら耐えられるが、押し付けられた夫では倒れてしまう。
「幸せそうだ」
ぽつりと呟く僕の声に、女王は前を向いたまま答えた。
「当たり前よ、私達の宝だもの」
視線の先で、お転婆なあの子は貴族派の俗物を追い詰めていた。肩書きや身分の詐称を行えば、貴族としての地位は剥奪されるのに。その上王族に逆らうなど。
「死ねばいいのに」
「あなたのそういうところ、好きよ」
ふふっと笑う僕のアマーリエは女王の仮面の陰で愛を囁く。僕も君のこと大好きだよ。綺麗だと褒め称えられた顔の裏で、悪いことばかり考える。こんな僕を理解し、愛して受け入れたのは彼女だけ。死ぬまで隠し続けるしかないと諦めた本性を、彼女は好ましいと笑った。
甘く軽やかな声で、僕が必要だと手を伸ばす。美を結集させた王族特有の傲慢で美しい姿で、共に朽ちようと手招いた。どちらの顔も魅力的で、僕がアマーリエの虜になるのは必然だった。
苛烈で知られるバルシュミューデ侯爵に似ていない、お優しい王配殿下――この評価もそろそろ不要になる。娘ブリュンヒルトの時代が迫っていた。
「でも心配くらいはしたいかな」
「早く跡取りを抱きたいわ」
アマーリエ、僕には本音を言っていいんだ。ブリュンヒルトの婚約が嬉しいんだろう? 孫の世話をするため、代替わりしたい。そう言えばいいのに。天邪鬼な君だけど、僕はちゃんと見えている。
「そうだね、孫を抱きたいかな」
アマーリエは言い直した僕に何も言わなかった。ただ前を見て、女王としての役割を果たす。あと数時間で、この顔も崩れて僕の愛しい人に戻る。その時を待ち侘びながら、眼下の騒動に肩を竦めた。
アマーリエの残した宿題を、ブリュンヒルトは上手に片付けたようだ。これなら安心して、引退出来そうだよ。
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