326.(幕間)あなた様のお望みのままに

「早く作ってしまいなさい」


 女王から発せられた言葉は、衝撃的だった。思わず王配の表情を窺うが、苦笑いを浮かべて肩を竦める。そこに否定の色はなかった。つまり、これは女王の考えで間違いない。ごくりと喉が音を鳴らした。


「お菓子や料理ではございませんのよ、お母様」


 困ったこと。そんな口調の愛しい姫は、ちらりと私の顔に視線を向ける。何も知らないフリで、正面を見ていた。何をお考えなのだろうか。ブリュンヒルト殿下は、女王との会話を続けられた。


 命じられなかったが、我が姫に触れてもいいのか。考える間に、話が終わったらしい。跪礼を披露する姫の隣で、膝を突いて礼を尽くした。


 私にとって、ある意味大切な方々だ。最愛の姫を生み出してくださった恩人なのだから、礼を尽くすのは当然である。部屋を移動した途端、ブリュンヒルト殿下は思わぬ質問をなさった。


「テオドール……あなた、私を抱ける?」


 当然だ。別の誰かを抱きたいと思ったことはない。だが、あなた様は本当に、私を望んでいるのか。不安が過ぎる。その反面、野蛮な獣の俺が咆哮を上げた。喰らい尽くしたいと叫ぶ。


 結婚式を早める決断を口になさるのなら、やはり女王の命令に従うからだろう。私を望んでの発言ではない。跡取りが必要なので、子を成す行為は絶対条件だが……。


「もしブリュンヒルト殿下がお嫌なら、私はこのままで構いません」


 夫でなくとも、執事なら死の床までお供することが叶う。殉じて後を追うことも許されよう。それで十分満たされる。


 本心だと思ったのに、鋭い姫は見抜いていた。醜い獣を暴いて、陽の当たる場所でのたうつ姿に目を細める。容赦なく指摘する残酷さが、俺の本心を切り刻んだ。血を流す獣に手を触れ、唇を合わせる。


「待てを解除するのは飼い主でなくちゃ」


「傾国の美女を産みたいわ」


 ブリュンヒルト殿下のお言葉を胸に刻んだ。狂っている自覚はある。あなた様が命じるなら、国や命さえ捧げてみせよう。これほどの狂気を抱えた愚者に、野蛮で愚かな獣に、その身を与えてくださる。ならば、必ずや姫君をお届けしましょう。


 わざわざ口にすることはないが……ヴィンターの妙技は俺も多少、心得がある。男女を産み分けるとされた秘技も、すべてを駆使してあなた様の望みを叶えられるはず。


 最初の子は跡取りの次期王太女を、次が許されるなら王子を。姫が二人続くと、跡目争いの原因になる。兄弟姉妹が多かっただけに、そういった血生臭い話は詳しかった。大切な我が主君に、そのような心労をお掛けするのは忍びない。


 休暇の準備を進めるブリュンヒルト殿下の書類運びを手伝い、お茶を淹れて休憩を促す。執務室は忙しくも穏やかな時間が流れた。


 僅か数日、どこで話を嗅ぎつけたのか。ブリュンヒルト殿下を狙う刺客を、数組片付けた。おそらく婚約前の兄王子に王位継承権を戻し、自身の娘を送り込むつもりだろう。


「ったく、懲りないわね」


 エルフリーデが、精霊の乙女の剣を一振りする。刺客を仕留めた際の赤が、大地に滴った。


「あの方にはご内密に」


「もちろんです。ただ、ブリュンヒルト様はお気になさらないでしょうけれど」


 知ったような口を聞く茶髪の令嬢に一礼し、私は何事もなかったようにお茶菓子を運ぶ。兎獣人の秘書官から妊娠の話が出たので、もっともらしい言葉を口に乗せた。


「もちろんです。すぐに妊娠なさっては、お休みが短くなるではありませんか。働き過ぎのブリュンヒルト殿下には、この際ゆっくりお休みを取っていただきましょう」


「……お手柔らかに、お願いするわ」


 もちろんです。私の妻になる大切なお方であり、主君であり、俺を飼い慣らすマスターでもある。あなた様の望む姫を宿らせる役目を、失敗するわけにいきません。最終日はきっちり……確実に仕込みますので、ご安心ください。

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