327.(幕間)本当にボスでいいのか?
事件は王太女殿下の一言から始まった。
「白い花を赤い花に変えたらどう? 花瓶は気に入っているの」
護衛のために潜んだ天井裏で、意味を考える。承知した様子のボスに、荒仕事だと見当をつけた。まあ、影を組織して鍛えた最上級の暗殺者に頼むのだ。綺麗な仕事などなかった。
白い花と赤い花、その例えの意味を知るのは、翌日だった。高慢な軍閥貴族のひとつが、反乱を企てたらしい。というのも、詳しい事情を下っ端が知る必要はない。これは裏社会の不文律だった。
詳しい情報を知るほど、漏洩の可能性が上がる。つまりは己の首を絞めることに繋がった。うっかり発した一言であっても、知る者と知らない者では差が出るのだから。無自覚であれ、外へ情報を漏らした者は処分される。
賄賂や不正の横行、金による騎士認定なども判明した。それらを洗い出して報告書に纏める。過不足なく丁寧に仕上げた。こういった情報は噂と違い、誇張する必要はない。逆に足りない箇所も許されなかった。
「塗り替えろ」
端的な命令に、選ばれた五人が頭を下げる。誰を、何を、そんな質問をするようなら、この場にいない。調べたターゲットの家は、軍の中枢に食い込んでいた。見せしめに滅ぼせば、どこかに綻びが出る。命じた王家が恨みを買うのは避けたかった。
命じられた通り、白い壁を赤く血で染め直す。その上で、上から別の壁紙を貼ればいい。新しい壁紙の手配は、ボスが行ったはず。対象者の親族から、利用できる者を選ぶのは、ボスの仕事だった。俺達に与えられた任務は、白い壁を赤く染めること。
忍び込んだ屋敷から貴族のみを連れ出した。伯爵、夫人、息子二人と娘が一人。娘が産んだ孫……性別は不明だ。夫はこの屋敷にいなかった。全員を始末する。これは決定事項だった。たとえ赤子であろうと、生かす選択肢はない。
いつも通り死体が出ないよう、森の中で処理した。死体は二日もあれば骨となり、回収して砕き地に還す。身についたごく当たり前の仕事だった。悩んで立ち止まり、手を止める奴は誰もいない。俺も含めて。
他にも複数の貴族家が、人知れず当主交代となり……入れ替えられた。
「白い花を赤に、か」
王太女殿下も見事な例えを口になさったものだ。教養のない俺でも感心してしまう。一般的には、残酷な人なのか。殺せと口を汚すことなく、比喩で血生臭い計画を命じる。
だが、俺達は知っていた。人目に触れぬあの方の努力と研鑽を。己の罪を自覚し、呑み込んで生きる気高い心を。ボスが言い聞かせるまでもなく、当番制で警護につく俺達は理解していた。
国境付近の小さな集落に蔓延した病を気にかけ、薬や医師を手配する優しさを。民の陳情をよく吟味し、公平に罰を下す姿を。
だから、王太女殿下の決断に不満はなかった。あの白い手を赤く染めるくらいなら、俺達が血を被るべきだ。
かつて所属した組織で殺されかけ、助けられた俺はもう帰る場所がない。こんな闇稼業、いつか死んでもおかしくなかった。居場所を与えられたこと、悪い仕事に利用された力を正しい方向へ使ってもらえること。何もかもが有難い。
王太女殿下の決断に異議を唱える気はなかった。少なくともこないだまでは……。
「あの方は、本当にボスでいいのか?」
他にいくらでも選べるお方なのに。よりによって、生きる危険物に手を伸ばさなくても。これだけは、仲間内で誰もが首を捻る。誰も直接確かめることが出来ないまま、胸の中で燻っていた。
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