328.(幕間)振られた女の最後の意地よ

「我が息子カールハインツと、ツヴァンツィガー侯爵令嬢エルフリーデの婚約をここに宣言する」


 絶望の言葉だった。お祝いの言葉が飛び交う中、私はふらりと侍従に近づく。彼らが運ぶ赤ワインを2杯、白ワインを1杯飲み干した。何でもいいの。ただ酔えるものが欲しかった。素面でお祝いなんて口に出来ないわ。


 以前の筋肉むきむきのお姿もよかったけど、最近は少しほっそりした。ローゼンベルガー王子カールハインツ様――いつかそのお名前を呼べる位置に立ちたくて、あの方のお役に立てるよう勉学に励んだ。あまりお勉強は得意でないと聞いたから……私が支えたいと思ったの。


 お隣に立つ女性は、ローゼンミュラー王太女殿下が以前に引き抜いた方ね。王太女殿下の側近で、武術の腕を買われて護衛も務めている。元アリッサム王太子妃候補……文武両道なんてずるいわ。それにお胸も大きくて、腰なんてきゅっと細く……あんなの反則じゃない。


 必死に腰をコルセットで締めてきたので、ちょっと息苦しい。酔いが回ってきたのかしら。なら、そろそろお祝いに行かないと。


 マーメイドラインのドレスは、スタイルに自信がないと着れない。私は同じドレスを贈られてもストールなどでウエストを隠してしまうわ。お胸も足りないから、詰め物をしないとダメ。頭の良さは、王妃になるための教育を受けた元公爵令嬢に勝てる筈がない。


 愛らしいお顔も、柔らかそうな茶色の髪も……何もかもが羨ましかった。私が惚れたローゼンベルガー王子殿下の隣に立つ権利、妻になることを許された彼女が恨めしい。同じ女性として勝てる場所がないじゃない。


 顔は好みの問題だけど、やはり体は出るところが出て引っ込むところは引っ込んでいないと。それに頭脳も優秀で、アリッサムのダメ王太子を支えるための能力もある。武術にも優れ、噂では精霊魔法が使えると聞いた。


 なんて恵まれているの? あなたなら誰でも選び放題なのよ。ずっとお慕いしていたローゼンベルガー王子殿下を奪わなくても……あなたなら、他にも……。


 じわりと涙が滲んだ。私が好きになるくらいの人だもの。ローゼンベルガー王子殿下は素敵よ。だから彼女も選んだの。分かっていても、ひとつくらい譲って欲しいと思ってしまった。


 ツヴァンツィガー侯爵令嬢の指に光るのは、ローゼンベルガー王子殿下の生誕に合わせて用意されたサファイアね。あの指輪を嵌める日を夢見ていた。気づいておられないでしょうけれど、私はいつもサファイア以外の宝石は身に付けなかったのよ。


 瞳だけは同じ緑。でも深くて暗い私と違い、彼女は新緑の鮮やかさがあった。通りかかった侍従から、今度は赤ワインを受け取る。ユーバシャール侯爵家の娘として、恥ずかしくない祝いの言葉を贈らなくては。


 もう一つ赤ワインのグラスを受け取り、半分ほどしか注がれていないグラスの中身を合わせる。これで縁までいっぱいに入ったわ。このグラスの中身を彼女にぶちまけたら、すっきりするかしら。たとえ投獄されてもローゼンベルガー王子殿下が振り向いてくれるなら……。


 でもツヴァンツィガー侯爵令嬢を見る優しい眼差しを見れば分かる。私に注がれることはないご寵愛を独占する女性に、私が粗相をするなんてプライドが許さないわ。私は誇り高きシュトルンツの侯爵令嬢、ユーバシャール家の名を穢す行為はしない。


 見てらっしゃい! 振られた女の最後の意地よ!!

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