323.(幕間)無知だった私の愚かな選択
「本日はどなたと同伴なさったのかしら。平民は招待していないわよね?」
私を無視して、隣の婚約者に話しかける。問われた男は美し過ぎる顔に人畜無害な笑みを浮かべた。亡き夫と同じで、お人好しかしら。ならば篭絡して、私が侯爵夫人になるチャンスもあるわね。
話が子爵夫人の見舞いに飛び火したところで、ケンプフェル子爵が青ざめた。それはそうよ、私の招待状を工面するため、夜会は夫婦同伴ではないと妻に嘘をついたんだもの。面倒なことになったわ。これじゃ、私がケンプフェル子爵夫人になる前に、この男が子爵家から切られてしまう。
グラスを拭う仕草に複雑な理由があったなんて、知るわけないでしょう。こんなの屁理屈よ。私達への嫌がらせに違いない。その証拠に、あの王太女は「世の中には向き不向きがある」と言った。完全に馬鹿にしてるわ。
壁際の文官や官僚と交流する王太女を睨んでいると、青ざめたケンプフェル子爵が思わぬ案を出した。ローヴァイン男爵に相談するらしい。彼は爵位こそ低いが、貴族派の重鎮と懇意にしていた。王都に多くの品を下ろす商会も経営している。きっと顔も広いはず。
「ローヴァイン男爵、助けていただきたい」
いきなり弱みを見せるケンプフェル子爵に眉を寄せる。子爵の方が男爵より上なのよ? もっと胸を張って顎で使って見せなさいよ。そう思うものの、ケンプフェル子爵と並べばローヴァイン男爵は格が違う。さほど顔が整っているわけでもないが、清潔感があり鍛えているようだった。
「どうなさった」
促す声も耳に心地よい。もっと上位の肩書きを持っていても不思議ではない。カリスマ性のような引き付ける魅力に溢れていた。彼に任せれば大丈夫、ふとそんな気分になる。
「聞いてくださいませ。実は……」
王太女の名と肩書きを伏せて高位貴族女性として、たとえ話をする。上位者がその権威を利用し、下位貴族の我々を虐げた。馬鹿にして、その誇りを踏みにじったと。
「それは気の毒なことですが、上位の方々にも理由があったのでは?」
埒が明かない。のらりくらりと味方の表明も仲間の紹介もなく、ただ話を先延ばしにされた。苛立って「もういいですわ!」とケンプフェル子爵を引っ張って離れる。一緒に抗議の声を上げていたラムブレヒト伯爵も、憤慨した様子だった。
伯爵と子爵、二人を手招きして耳打ちする。王太女達が広間を出たのは確認していた。だから別人のフリをして、襲撃してはどうか。きっとナイフに怯えて泣き叫び、みっともない姿を晒すだろう。
「……妻に知られたら破滅だ」
今夜中に手を打たなくては後のないケンプフェル子爵は、すぐに同意した。ラムブレヒト伯爵は少し迷ったが、最終的に頷く。ケンプフェル子爵の提案で、上着を交換した二人はすぐに動き出した。
肉を切り分けるために用意された大型ナイフを握るケンプフェル子爵は、頼もしく思えた。後ろを付いていき、柱の陰に隠れる。ここで見物させてもらうわ。
あなたが平民扱いした私が、悪漢に襲われて悲鳴を上げる王太女を助けたら、すごく気分がいい。騒動が大きくなれば、子爵夫人へお見舞いを送る場合ではなくなるはず。自分がお見舞いを受ける立場になるのよ。這いつくばって私に感謝すればいいわ。
数時間後、私は激しい後悔の念に駆られていた。余計なことをしなければ、子爵夫人の目もあったのに。すべては台無し。王族の暗殺未遂犯として拘束され、おそらく処刑だろう。同じく失敗したラムブレヒト伯爵も向かいの牢に拘束されている。
数週間を地下牢で過ごし、拷問に疲れ果てた私達が太陽の光を浴びたのは……処刑当日だった。犯罪奴隷のための慰安婦が私に与えられた選択肢、それが嫌なら首を落とすだけと突きつけられる。迷ったのは一瞬だけ、私は己で選んだ。
だから仕方ない。悲鳴を上げ乱暴に犯されながら、夫の幻を見た。あなたを大切にすればよかったわ、少なくとも生きていくのに何不自由なかったのに……。
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