幕間

322.(幕間)ただの嫌味よ、そうに決まっている

 シュトルンツは大国だ。多くの国を属国として従え、貴族は豊かな生活を享受する。この国の貴族でいることは、大切なステイタスだった。


 なのに、夫が死んだ。結婚してまだ半年余り……毎日少しずつ毒を盛ったけれど、早過ぎたわ。あんなに耐性がないなんて。ヒューゲル男爵は病弱だった話を、彼の死後に聞いた。


 本当はもっと上位貴族と結婚したかったのだけれど。ヒューゲル男爵家はそこそこ裕福で、夫は善良を絵に描いたような男だった。誰かを疑うこともない。愛していると囁いてすり寄り、体を預ければイチコロだった。


 数年したら愛人の子を産んで、邪魔な夫を殺す計画が……病弱を理由に崩れる。ここから私の崩壊が始まった。跡取りがいない上、直系の夫が死んだことで、貴族院は男爵夫人の地位を私から奪う。実家は私が戻ることを拒否し、このままでは平民確定だった。


 艶のある黒髪、美しい顔立ち、豊かな胸元……男なんて他にいくらでもいるわ。夫の友人で愛人関係にあるケンプフェル子爵、彼と再婚すればいい。子爵夫人が直系だけれど、跡取りがいた。ならば子爵が成人までの後見を務め、私は後妻に収まる。


 いずれ邪魔な跡取りは死んでもらってもいいし……でも子を産むと体型が崩れるから、産まずに済むならそれもいいわね。


 子爵夫人へ届いた招待状を使い、王家の夜会に潜り込んだ。伯爵や侯爵になると、さすがに衣装の質が違う。ここで次の男を見つけようかしら。王太女の婚約披露なら、浮かれた男の一人や二人見つかりそう。


 期待を胸に数人声を掛けるが、なかなか引っ掛からない。上位になる程用心深く、女を見る目も肥えているようだった。最悪、ケンプフェル子爵がいるわ。さらに数人声をかける中、王太女が婚約者と入場した。


 人々の関心がそちらへ集中する。筆頭公爵家から始まり、まだ年若い王太女に人々が頭を下げた。ただ王族に生まれただけじゃない。美形の男を侍らせて。王族に生まれたなら、私だって顔も財力も整った男を選べたのに。


 一通りの挨拶が終わったのか、王太女の近くに寄ることが出来た。隣の婚約者を奪ったらスッキリするでしょうけれど、さすがに人前では無理ね。ずっと腕を組んだままだわ。


 白ワインを差し出した婚約者に微笑み、王太女が口をつける。不思議なほど丁寧にグラスを拭った。囁いてケンプフェル子爵を嗾ける。やたら顔の綺麗な少年が現れ、子爵の発言を馬鹿にした。


 こんな顔のいい男ばかり侍らせて、王太女も派手に遊んでるのね。ムッとしながら口を挟んだ。


「私どもも貴族の端くれですわ」


 嫌味のつもりで付け加えた一文に、金髪の王太女は嫌な笑みを浮かべた。いえ、顔は綺麗だし表情も柔らかい。でも目が刺すように鋭かった。それに冷たいわ。


「貴族の端くれだなんて、ご謙遜を。あなたはもう貴族ではないでしょう?」


 ドキッとする。有名でもない男爵家の未亡人まで、把握しているというの? いえ、ただの嫌味よ。そうに決まっている。知っているはずがないもの。決めつけて私は動いた。この世界の中心であるかのような顔はやめなさい。とても不愉快だわ。


 この世界は、刃向かった私を許さなかった。

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