283.全員の予想を外したあの子が欲しい

 ラベンダー色の服は、王太女を支持する側近だと示すもの。もし赤ワインを掛ければ、王太女の結婚式に異を唱えたと捉えられるのも仕方ない。何より、王族の婚約者は、ただの貴族ではなかった。それも兄と並んでいる場で、侮辱されれば……ユーバシャール侯爵令嬢が投獄されても不思議はない。さすがに寝覚めが悪いわ。


 エレオノールが足を引っ掛けて妨げ、侯爵令嬢のワインは派手に宙を舞う。そして精霊の結界で反射して彼女自身が浴びるはず……だった。


 あの状況で、違う展開を予想できなかったし、私以外もそう思ったわよね。エレオノールやテオドールも庇う動きを見せた。それなのに、驚きの光景が広がっていた。


 こんなことってある?


 並々と注がれた赤ワインを、カトリナが一気飲みしたのだ。まさかの行動に、エレオノールは固まった。分かるわ、ここで見ている私も同様だもの。令嬢らしからぬ勢いで飲み干し、グラスを顔の上で逆さにして最後の一滴まで流し込む。


「っ、私の方が先に好きになったのに……振られた私が羨むくらい、幸せになってくれないと、諦められないわ」


 礼儀作法も貴族令嬢の誇りも投げ捨て、カトリナは半泣きで文句を並べる。小声でぶつぶつと言葉にして、最後に鼻を啜った。ワインを渡した侍従は、呆然としている。そのトレイに空のグラスを置いて、二杯目を掴んだ。再び煽った彼女は、ぽろぽろと涙を溢す。


 想像と違いすぎて、反応に困るわ。私の周囲の貴族令嬢の反応じゃないんだもの。困惑しながらもエレオノールに指示を送る。このまま放置するわけにいかないから、回収してテラスにでも出して頂戴。対応を彼女に一任した。


 気づいて庇おうとしたカールお兄様も、唖然としている。それはそうよね。何度か釣書を送られたが、未来の公爵夫人を狙っていると思った相手が……本気だった。公の場でヤケ酒するほどだなんて。


 結界を張った精霊達が困惑顔でうろうろする。とっくに結界は解除され、迷った末にリュシアンやエルフリーデの元へ集まった。彼らも悪意があると思ったのね。ある意味、全員を騙したカトリナは、悪女の素質があるわ。くすくす笑う私は、断然興味をそそられていた。


「あの子、いい駒になりそう」


「我が主君は貪欲ですわね」


 他国の来賓同士を引き合わせ、するりと抜け出したクリスティーネが笑う。こちらで騒動が起きたら、すぐに合流するつもりだったみたい。広範囲にアンテナを張る外交のプロは、涼しい顔で白ワインを揺らした。


「選りすぐりを揃えているわよ?」


「存じ上げております」


 選ぶ駒に妥協はしない。その言葉に、選ばれた誇らしさを浮かべたクリスティーネが会釈した。


 エレオノールはきっと、カトリナを上手に宥めるでしょう。テオドールのご褒美が終わったら会えるよう、手配してもらわなくては。隣で興奮した飼い犬は、満面の笑みで「譲らない」と主張してきた。安心なさい、与えた褒美を取り上げるような愚行はしない。手を噛まれるものね。


「……無事のご帰還を」


「祈っていて頂戴」


 表情から察したクリスティーネの激励を受け、私は肩を竦めた。

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