282.お約束の赤ワインで何をするのかしら
「我が息子カールハインツと、ツヴァンツィガー侯爵令嬢エルフリーデの婚約をここに宣言する」
お母様の声が響いて、壇上に立つ二人に視線が集中する。歓声とお祝いの言葉が一斉に湧き上がった。祝い事続きなので、酔っ払いも発生しているみたいね。
一部の貴族令嬢からは悲鳴が上がった。筋肉が凄かったから嫌厭されてきたけど、最近はすっきり細身になったので人気が高まっていた。そこに加え、残された唯一の未婚王族だもの。高位の貴族令嬢としては、玉の輿狙いでお兄様をターゲットにした子もいたでしょうね。
エルフリーデの鍛え方が良かったようで、無駄な筋肉はかなり削ぎ落とされたわ。元から金髪碧眼で顔は整っている。王族であり、将来は臣籍降下して公爵家を興すことが決まった優良物件だった。
王家特有の艶やかな金髪を後ろできちっと結び、切れ長の青い瞳が隣の女性を優しく見つめる。愛情を感じる視線と指先に促され、エルフリーデは胸を張った。柔らかな大地の茶色を写した髪、森の緑を宿した瞳。
乙女ゲーム『精霊の剣の聖女』の悪役令嬢として、高いスペックを与えられた才女よ。精霊魔法を駆使し、剣術も見事な腕前を誇る。未来の王妃となるべく詰め込まれた知識は膨大で、複数の言語を操るほど。
どの物語でも同じだけれど、悪役ってスペックが高いのよ。強く美しく、壁となって立ちはだかる障害は大きいほど、ヒロインの愛が盛り上がる。ただそれだけのために、有り余る能力を授けられたのが、私自慢の悪役令嬢達だもの。
柔らかなラベンダーのドレスはマーメイドラインだ。体に沿うデザインを着こなすだけの、艶めかしい魅惑のボディが必要だった。たわわに実る豊かな胸、くびれたウエスト、ぷるんと突き出たヒップ。さすがは私の側近だわ、見事ね。
耳飾りはトリロジーのサファイアが揺れ、同じ深い青の指輪がきらりと光る。壇上に並び立つ二人は距離も近く、カールお兄様の腕は当然のように彼女を抱き寄せた。エルフリーデも、寄り添う形で腕にもたれかかる。随分、見せつけるじゃない?
エルフリーデの視線が泳ぎ、一人の女性を射抜いた。同じ緑の瞳を持つ彼女は、悔しそうに扇の陰で唇を噛む。ユーバシャール侯爵令嬢ね。以前からカールお兄様へ釣書を送ってきていたわ。横から現れた異国の女に、お兄様を奪われたと思っているみたい。
私は微笑んで、腕を組むテオドールに合図を送った。侯爵令嬢が赤ワインを選んで受け取るのを見て、お決まりのイベントが起きることを確信した。エルフリーデに掛けるの? お兄様が許さないけれど、その前に私が妨害しましてよ。
斜め後ろに従うエレオノールが、一礼して離脱の許可を得る。頷くと微笑んで歩き出した。優雅に貴族達の間を進む彼女は、わざとユーバシャール侯爵令嬢カトリナの前で速度を緩める。精霊達が集まっていた。きらきらと光る精霊が、カトリナに膜を張る。
「っ!」
覚悟を決めてカトリナは動いた。侯爵令嬢であっても、王族に無礼を働けば許されない。だけど、狙いはお兄様ではなくエルフリーデだった。王族の婚約者だが、まだ王族ではない。ここがテオドールと大きく違う点だった。
もし今のテオドールにワインを掛ければ、王族への不敬罪が適用される。でもエルフリーデは違う。そこを狙ったのでしょう。過失のフリをすれば許される、と。中々考えたけれど、残念ね。その程度の浅知恵は、策略でも何でもないわ。
私は止めることをせず、エレオノールに小さな声で合図を送った。
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