幕間

284.(幕間)百年くらいは付き合ってもいい

 俺が付き従うことを決めた女は、とにかく頭がよく働く。人の思惑の裏を読み、残酷な場面でも顔を顰めたりしなかった。


 ハイエルフは人族より上の種族だ。常々そう聞いていたし、疑ったこともない。なのに、彼女は出会った時から違っていた。


 精霊達も彼女に対して迷いが感じられる。味方ではないが、敵でもない、と。嵌められた俺を助け、あっという間に逆転してみせる。だから興味を持った。こいつと一緒なら、退屈しない日々が送れるって、な。


 結果として、その決断は間違っていなかった。何しろ、ブリュンヒルトは生きているだけで、危険と策略を招き寄せるのだから。


 ルピナス帝国から戻ってすぐ、また騒動に巻き込まれている。今度は自国内にいるってのに。精霊達がざわついた。嫌な予感がする。ブリュンヒルトの執務室に入り浸り、図書室から持ち出した本を眺める。どの本も、目新しくて楽しかった。


 ハイエルフが所有する本は、同族が執筆したものばかり。長寿故の傲慢さか。どの本も大して内容は変わらない。外の世界へ出て気付いたのは、退屈で閉鎖的なアルストロメリア聖国の中で、俺が緩やかに窒息していた事実だった。


 真綿で首を絞めるように、ゆっくりと思考や自我を塗り潰される。気づけば、それ以上の恐怖はなかった。この王太女の人生は、せいぜい百年ほどだろう。ならば付き合ってやってもいい。彼女が望むまま手助けしたとして、俺が損する時間はたかが知れていた。


 窓際に腰掛け、書類を手に取ったブリュンヒルトの横で、再び歴史書に目を落とした時……ほんのりと甘い香りがした。精霊達が「攻撃だ」と騒ぎ立てる。部屋に入ってくる香りを遮断するよう、精霊達に指示した。すぐに空気の流れが変わった。


「今の、危険だった?」


 彼女の反応の速さに肩を竦める。麻薬のような常習性がある薬草を燃やす。人は面白いことを考えつくものだと感心しながら、薬草についての知識を披露した。


 彼女の凄いところは、ブリュンヒルト単体では機能しないところだ。手足となる存在を見極めて選び出し、懐柔して側に置く。選んだ駒は自ら動き、彼女を助けるのだ。王太女としての地位や肩書きもあるが、それだけじゃなかった。ブリュンヒルト自身の魅力がなければ、俺はここにいない。


 自らが管理する王宮のフロアで麻薬を焚かれる。普通なら青ざめて狼狽える場面だった。それなのに、ブリュンヒルトは鼻歌が漏れるほどご機嫌だ。笑みを湛えた口元が、ゆるりと弧を描いた。


「楽しそうだな」


「そうね。敵がいると楽しいわ」


 麻薬を消すよう口にした彼女は、すぐに犯人の特定に入った。手にした本のページは、一枚も捲られない。英雄譚を記した歴史書もいいが、目の前で起きている現実の方が興味深かった。


 試しに毒をちらつかせれば、実行犯ではなく命じた者に使えと笑う。本当に規格外の女だ。テオドールなんて恐ろしい男を、飼い犬のように手懐けたあたりも普通じゃなかった。


 精霊が来訪者を告げる。荒々しい足取りで、意気揚々と? それはまた、いい獲物だ。舌舐めずりするブリュンヒルトが、表情を作る。甘い香りを完全に消した執務室で、新しい歴史が綴られるのは……胸が高鳴った。いっそ、目撃者として俺が歴史書を書いてやってもいいな。


 紅茶を飲み干し、新しい楽しみを見つけた俺は笑みを浮かべる。わざと付け入る隙を残してやった。どう対処するのか、楽しませてくれよ、王太女様。

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