229.(幕間)汚れて首のないトルソー
青ざめた皇帝が座り込み、貴族達は私を睨みつける。不愉快な状況で、第二皇子がさらに馬鹿なことを言い出した。
「あ、クリスティーネ。許してやるから戻ってこい。早くしろ」
「ちょっと! どういうつもり? 私と結婚するって言ったじゃない」
「うるさい! 黙れ」
怒鳴りつけられて、驚く。今、私に言ったの? 見た目だけで中身がない人形だって罵ったじゃない。そんな女に縋りつこうとするアウグストに、呆然とした。しかも断られてるし。振った女に再度言い寄ってまた振られるなんて、カッコ悪い。
私が何か言うたび、アウグストは噛みついてきた。こんなの皇子じゃないわ! 白馬の王子様は、ヒロインに暴言吐いたりしないもの。第二皇子という肩書きに魅力がなければ、あんたはただの顔だけ男よ。それも向こうにいる金髪イケメンに劣るレベルのくせに。
口喧嘩する私達はさらにエキサイトした。
「お前のせいで全部台無しだ」
「何言ってんの? そもそも、あんたが悪いんじゃない!」
婚約者って恋人じゃん。それを浮気して私を選んでおきながら、結局向こうに戻ろうとした。最低の男だわ。下半身だけで物を考えてるんじゃないわよ! ああ、腹が立つ。
むっとするお酒の臭いとべたつく感覚も腹立たしかった。赤ワインの騒動で飛んできた白ワインは、私の髪やドレスをぐっしょり濡らしている。
「お酒に酔っておられるみたいね。いやですわ、浴びるほど飲んだのかしら。ここまで匂いが漂ってくるなんて、はしたない」
むっとした私に、貴族の非難の眼差しが突き刺さる。
「何よ、何なのよ!」
未来の皇妃に対して無礼なんだけど! 酒を飲んでなんかいないわよ、勝手にそっちが掛けたんじゃないさ。言い返そうとした私は第二皇子と一緒に拘束された。連れ出された廊下で、無理やり口に布を入れられ、手足を縛りあげられる。痛い、変なとこ触らないで。
暴れる私達は鍛えた騎士から一般兵へ引き渡され、牢へ向けて連行された。でもね、私が頼めば皆……お願いを聞いてくれるんだから。日本で交通事故で死んで、この世界に来た時もそうだった。すぐに小説の中だと気づいて、街で買い物をする男爵夫人に近づく。
彼女に認められ、男爵令嬢となった。厳しい礼儀作法は、男爵家程度なら不要。最低限だけ覚えればいい。それから学園へ通い、ここから物語は本格的に動き出した。金持ちで権力があって顔のいい男を捕まえなくちゃ。婚約者? 関係ない。私のための世界だもん。
意地悪されたと泣き付けば、男達はすぐに私を慰める。物語の通りだもん、私にぞっこんになるのは決まりなの。そう思っていたけど、関係ない男も上目遣いで強請れば思い通りになると気づいた。一般兵に媚びを売って、逃げだす。
あの金髪女は私を殺すかも知れない。そんな小説のコミカライズを読んだわ。ヒロインが酷い目に遭わされるのよ。だから逃げなくちゃ。でも金髪イケメンと一緒によ。第二皇子は顔はそこそこだけど、もう地位もお金もないから要らない。
宮殿内を走って、ようやく彼を見つけた。一緒に逃げよう、私を攫って逃げて。そう告げたら、まるでゴキブリを見るような目で吐き捨てられた。
「お断りです」
私を愛してるでしょう? 好きにしていいのよ。あなたの物になるから。そう告げても彼は断った。早くしないとモブの兵が追いかけて来ちゃう。伸ばした手でイケメンの腕を掴もうとして、失敗した。転がった私を助け起こそうとせず、彼は叫んだ。その直後、イケメンの肩が真っ赤に染まる。
え? 何これ。呆然とする私は再び捕まった。頑張って逃げたけど、今度は黒い服を着た集団に襲撃される。容赦なく縛り上げられ、目隠しをつけられた。暴れても叫んでも無視され、やがて煩いと口に布を詰められる。
拘束されて僅か2日後、私とアウグストは引き摺り出された。大勢の人の声がする。助けを求めたいけど、目隠しと口の布は外してもらえない。階段を数段登り、跪かされた。何が起きてるのかな。わからないまま、私は転がる。
やだ……汚れてるけど、あのドレス私のだわ。首がないトルソーが押さえつけられて……。もしかして、私の首が落ちたの? これで終わり? ぷつんと音がして、何もかもが暗転した。
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