230.(幕間)俺は何を間違ったのか

 ルピナス帝国の第二皇子の地位は、不安定だ。箔をつけるため、力のあるエンゲルブレヒト侯爵家の娘と婚約した。まだ婚約者を決めていない第一皇子に対し、大きなリードを得た。


 皇帝である父は、政略結婚して生まれた第一皇子より、愛する母上の子である俺を可愛がる。皇位が手に入るのではないか? そう思ったのは、父上の言動もあった。周囲の貴族も俺に侍り、様々な貢物をする。きっと俺が皇帝になることを望んでいるはず。


 兄はそれなりに優秀だが、家庭教師のレベルを考えれば当たり前だ。俺だってあいつと同じ、いやそれ以上の成績を残してきた。すべてが俺を皇帝にするために動いている。


 婚約者の実家であるエンゲルブレヒト侯爵が、俺を積極的に推さないことに不満を覚え始めた頃。学園である少女に出会った。貴族令嬢らしくない所作が気になり、目で追う。礼儀がなっていないが、明るく無邪気な姿に心を奪われた。


 今になれば理解できるが、あれは無邪気なのではなく無知だった。平民の振る舞いで貴族令嬢達を怒らせ、仲間外れにされた。その様子が気の毒で、見ていられなくて手を差し伸べる。


「ありがとう」


 些細なことでも笑って抱き付く彼女に絆され、周囲の変化に気づかなかった。一部の取り巻きは同じように惚れ込み、男爵令嬢であるレオナの言うなりだ。レオナが俺ではなく、別の男を選ぶかも知れない。それが怖くて、婚約者を放り出して追い回した。


 婚約破棄を言い出したのも、レオナではなく俺だ。義父になる予定のエンゲルブレヒト侯爵は、第二皇子の俺を皇位に押し上げる気はない。それなのに娘を当てがい、俺を束縛した。感じた怒りが頂点に達した時、最高のタイミングで来賓の知らせが舞い込む。


 シュトルンツ国の王太女が、この国へ来る。他国の王族、それも直系の跡取りならば、夜会が開かれるだろう。この場で婚約破棄を明言すると決めた。一度父に相談したが、取り付く島もなく断られた。皇帝ともあろう者が、臣下の顔色を窺うなど情けない。


 公の場で宣言すれば、もう取り消しは効かない。利用するつもりで口火を切り……俺の人生は終焉へ向かった。すべてが悪い方向へ転がる。拘束されて逃げ、また捕まる。俺は第二皇子で、皇族だぞ……叫ぶ声は牢に響いて消えた。


 二度の脱出を試みて失敗した。屈強な衛兵に連れ出され、進む先に断頭台が並んでいる。常に2台設置される断頭台の片方は、すでに使用された後だった。転がる首は、黒髪のレオナ――男爵令嬢でありながら、皇族を誑かした罪が滔々と読み上げられた。


 膝をつかされ、首を断頭台に固定される。暴れても男二人に両側から押さえられたら、まったくの無力だった。集まった群衆は、ひそひそと何かを囁き合う。その言葉がひとつ聞こえた。


 婚約者の実家の権力で成り上がり、勘違いして浮気した最低男。その評価に反論しようとした俺は、刑の執行を命じる声に悲鳴をあげた。シャッと金属が擦れる音がして、俺は人生を終える。


 俺はどこで間違えた? 男爵令嬢を選んだことか、婚約者を捨てたこと。それとも第二皇子に生まれた時点で間違ったのか。もう分からない。

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