231.(幕間)国の存亡を賭けた騒動、なのか?

 繊細で煌びやかな宮殿へ足を踏み入れ、私は興奮していた。ルピナス帝国の爵位は、他国と同じ5つだ。だが他国と大きく違う点がある。


 普段の夜会は伯爵家以上しか招待されない。もし呼ばれることがあるなら、それは他国へ見栄を張る大きな夜会のみ。新年を祝うイベントや、令嬢のデビュタントでさえ、子爵や男爵は宮殿に呼ばれなかった。


 子爵家当主になって15年、二度目の宮殿だ。夜会のために妻はダイエットを敢行し、私も腹を凹ますために運動した。一張羅を手直しし、妻に強請られて高価なレースを購入する。人生でもう二度と足を踏み入れないかも知れない宮殿の広間は、気後れするほど人が溢れていた。


 夜会の主旨は知らないが、どうやら賓客を持て成すらしい。他国の王族だろうか。あちらこちらで顔見知り同士が集まり、雑談を始める。当然、高位貴族と話が出来るわけもなく、隅で見知った友人達と固まっていた。


 入場した賓客は、シュトルンツの王太女殿下らしい。というのも、読み上げは聞こえたが姿は見えない。一番背の高い男爵がこっそり椅子に上がって確認したところ、金髪の美男美女のようだ。侍従に睨まれて、慌てて男爵は椅子を降りて靴を履いた。宮殿に勤める侍従の方が、下位貴族の当主より立場が上なのだ。


 しばらくすると誰かが婚約破棄をした騒動が伝わってきた。声が遠くて途切れ途切れに聞こえた内容が、噂話として流れてくる。同じ広間で起きた騒動も、まるで別世界の話だった。


「どこぞの物語のようですな」


「ええ。破棄せず解消した方が、お互いに傷が浅いのに。高位の方々の考えは分かりませんなぁ」


 他人事だからこそ、無責任に盛り上がれる。詳細は順次伝わってきた。今度は主賓の王太女殿下にワインがかかった? 何が起きているんだ。気になって首を伸ばすも、低身長が災いしてまったく見えない。妻も首を亀のように伸ばし、爪先立ちになった。転ばなければ良いが。


 新しく購入したレースを、手持ちのドレスの手直しに使った妻は、いつもより豪華に見えた。好きで好きで口説き倒した妻に、本当は豪華なドレスを買ってやりたい。だが彼女は「手直しするからいいのよ」と笑って、自ら針と糸を手にした。


 稼ぎがもう少し増えて、生活が豊かになれば……そんな夢を見てしまう。分不相応の願いは持たない。それが長生きの秘訣だ。高位の貴族には、我々の知らない苦労もあるはず。たまに褒美のように宮殿に来て、美味しいものを食べて帰るくらいが身の丈に合っている。


 壁際に集まったことで、食べ物が近い。大きな塊肉を切り分ける侍従の元へ向かい、一皿受け取った。ワイングラス片手に背伸びする妻と分け合って美味しく頂いた。さすが宮殿だ。肉が柔らかい。家で待つ子ども達にも食べさせてやりたい。


 皇帝陛下が頭を下げて謝った? ああ、王太女殿下のドレスを汚したお詫びか。それにしても珍しいな。新しい話題に頷きながら、今度はエビとアボガドのサラダを貰う。先ほどからちまちまと上品に皿の真ん中に盛られるのだが、出来たら山盛りで欲しい。だが、言い出せずに戻ってきた。


「お前も食べろ、美味しいぞ」


「まあ、本当に綺麗な色だこと」


 妻は微笑んでエビをフォークで突き刺す。その時、高位貴族の方から大きなどよめきが聞こえた。何が起きてるんだ? 漏れ聞こえる言葉は物騒だった。


 宣戦布告、国を滅ぼす宣言? 第二皇子が廃嫡……じゃなくて、罪人だと。亡命すると騒ぐ声に、妻と顔を見合わせた。


 亡命ったって、どこも逃げる先なんてないぞ。

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