232.(幕間)身の丈に合う幸せを噛み締める

 状況は伝わってこないが、高位貴族のほっとした表情から、国の滅亡は回避したらしいと理解する。


「結局、何だったんだ?」


「うーん。推測になるが、シュトルンツの王太女殿下に無礼を働いた上、さらに問題を起こして怒らせてしまったようだ。寛大なお方で、許してくれたみたいだが」


 ようだ、みたい、どちらも確定しない。だが何も分からないよりマシか。そう納得しかけた時、初顔の男が話しかけてきた。


「大体合ってます。クスケ男爵ってご存知ですか? 男爵家の養女が皇子殿下を誑かしたんです。それで婚約破棄騒動になり、王太女殿下が危害を加えられてしまい……まったく、皇族の方々はお客様の接待も出来ないのでしょうか」


 反射的に「不敬罪になりますぞ」と注意した私に、その男は肩を竦める。


「皇子殿下は、勝手に王家の土地を愛人の実家に与えてしまったとか。国境付近の土地ですよ? 皇族といえど、尊敬できない方は敬えないです」


 苦笑する彼の言い分は理解できるし、納得した。でも頷くのはリスクが高すぎた。私はたかが子爵家当主だ。もし咎められたら、家が取り潰される。ご先祖に申し訳が立たない上、最愛の妻や可愛い子ども達が路頭に迷うのだ。


「あなた方は賢いですね。だからこそ事実を知っておいた方がいいですよ」


 そう言い残し、彼は人混みに紛れる。高位貴族が集う玉座の方角へ向かったため、私達は壁際にこそこそと集まった。


「今の話をどう思う?」


「たぶん、尊い方々への批判じゃないか?」


「尊い方々の考えることは分からん」


 言質を取られないよう心がけての会話は、かなり遠回りだ。誰もが断言を避ける。しかし気づいてしまった。尊い皇族の方々が、入れ替えになるんじゃないか? その疑惑を目配せで確認し合い、私達はこの話題を打ち切った。これ以上は危険だ。


「あなた、これがすごく美味しいですわ」


 燻製にした魚をピリリと辛い胡椒とオイルで和えた皿を、妻は嬉しそうに差し出す。微笑んで一口もらった。確かに美味しい。見回せば、同じ料理がまだ残っていた。取りに行って、二人で仲良く分け合う。


「先ほどは難しいお話でしたの?」


「そうだな、私には理解できないくらい難しかった」


 だから聞いても意味がない。そう自分に言い聞かせ、再び料理に舌鼓を打つ。その後、尊い方々が何をしたのか興味を示さず、夜会の終わりまで無事に乗り切った。


「おや、こんなに残して……ぜひ持ち帰ってください」


 先ほどの男がまた現れ、侍従に指示を出す。あっという間に料理が詰められた。調理の際に使用される金属製のバットに、料理は綺麗に収められる。数段のバットをテーブルクロスで包み、男は手早く私達に料理を持たせた。


 ここで貴族の矜持がどうのと謳うバカはいない。美味しい料理を残して捨てるくらいなら、家族や使用人と分け合って食べる方がいい。料理だってタダじゃなかった。これらの食材は、私達や国民が納めた税金で買われるのだから。


 壁際にいた下位貴族に料理が行き渡ったのを確認し、男は笑顔で見送ってくれた。妻は笑顔で手を振りかえし、私と腕を組む。


「よかった、これで子ども達にも楽しんでもらえるわ」


「そうだな、あの人がいてくれてよかった」


 誰だか知らない。おそらく高位貴族が雇った使用人だろうと思う。ちらりと振り返り、軽く会釈した。家までは遠く徒歩だが、いい匂いのする包みを大切に抱えて私達は幸せだった。





 数日後、皇族の入れ替えを耳にする。なるほど、殿上人も大変なことだ。美味しい料理も食べず、謀略に勤しんでいたらしい。そう考えれば、私ははるかに恵まれているな。


 夢中になって読書をする我が子と、素朴な焼き菓子を作る妻を見ながら、私は幸せを噛み締めた。

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