233.(幕間)俺は自分の首を絞めたのか
それは突然起きた。シュトルンツ国の要人を迎えての夜会は、国中の貴族に召集がかかる。大掛かりなイベントとなった。大量の料理や飾りが並ぶ広間を隅から隅まで確認し、警備の穴を埋めていく。
皇族は「やれ夜会だ、それ視察だ」と突然騒ぎ始める。警備の都合や危険性はまったく考慮されなかった。そのせいで、騎士や衛兵は日常業務に支障を来たす。前日に皇子が視察を口にしたせいで、婚約式を先延ばしする騎士もいた。
せめて人生の重要な行事くらい、人並みに休ませてやりたい。そう考えかなり改革を断行した。宰相には嫌な顔をされたが、だったら騎士団長を辞職すると言い切ったら黙った。愚かなことだ。
夜会の広間に登場したシュトルンツの王太女殿下は美しく、隣でエスコートする男性も顔立ちが整っている。王侯貴族とはこうあるべきだ。品のある立ち居振る舞い、穏やかな話し方、周囲への配慮も素晴らしかった。こういう主君に仕えたかった、言っても詮無い本音が浮かぶ。
ルピナス帝国に忠誠心は、正直カケラもなかった。誰かに口出しされないため、伯爵位が必要だったので上り詰めたまで。そのために手取り早い役職が、騎士団長だった。幸い、文官よりも実力主義者が多い。
獣人の貴族令嬢だった妻は、俺のために駆け落ちした。当時男爵家の次男だった俺に、ミモザ国の侯爵令嬢を娶ることは不可能だ。両親も故郷も捨て、俺の胸に飛び込んだ彼女の勇気は、俺に覚悟を決めさせた。
必ず、君に見合う男になる――そう妻に誓い、必死で功績を上げる。家庭は円満で、美しく優しい妻は娘を身籠った。だが、生まれて直ぐに彼女は天に召されてしまう。残された一人娘に「アンジェラ」と名づけた。天使を意味する単語に、少し響きを変えて。
愛らしい娘アンジェラは、俺によく似た明るめの茶髪に妻譲りの緑の瞳を持つ。焦茶の猫耳や縞模様のある尻尾は、感情を示して素直だった。アンジェラを高位貴族の玩具にさせないため、足元を固めた。皇帝の信頼を得て、伯爵位を得る。
こうした夜会の場に、娘を連れて来ることはない。危険は避けるべきだ。そう考えていた俺の耳に、とんでもない騒動が飛び込んだ。婚約者ではなく愛人を連れた第二皇子の婚約破棄、直後の来賓への無礼、続いて皇帝のやらかし。第一皇子も事前に無礼を働いていたらしい。
皇族が全滅ではないか。呆れて溜め息しか出ない。だが職務は忠実にこなした。第二皇子と愛人の男爵令嬢を捕え、第一皇子を自室へ閉じ込める。その間に逃げられたり捕まえたり、一晩で一ヶ月分は働いた。
夜会が終わる頃には、誰もがぐったりと肩を落として項垂れる。働き過ぎた騎士や衛兵をよく労い、追加報酬をぶん取る方法を考えた。
目先の危険を避けることでいっぱいだった俺は、シュトルンツから来た王太女によって人生を変えられてしまう。動きの悪い腰巾着の宰相をよそに動いたことが、結果的に俺の首を絞めた。いや、人から見れば羨ましがられる状況なのか?
羨ましがる奴に言ってやりたい。代われるなら交代してやる、と。
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