234.(幕間)心当たりのある恋情だ
現皇帝は地位を追われ、皇族が入れ替えになる。新皇帝の地位を打診され、続いて娘への縁談も持ち込まれた。断りたいが、色々な意味で条件が良過ぎる。変わり者だが、悪い青年ではなかった。
リッター公爵家の次男なので、結婚後の社交も期待できる。次期皇帝として担ぐのに、血筋も能力も足りていた。皇位を簒奪する俺は一代限り、その後は再び皇族の血筋に戻す。貴族からの反発も出にくいだろう。だが俺の血は娘を通して皇族に流れる。
子々孫々まで恩恵を賜る形が整っていた。問題があるとすれば、娘の耳や尻尾だろう。両手は人のそれだが、足首から先は猫だ。肉球も毛皮もあった。幸いにして、貴族令嬢は地面に擦るほどの長いスカートだ。尻尾も隠せた。
髪型を工夫すれば、耳も隠せるかも知れない。だが……人前でバレることをアンジェラは恐れた。あれこれ好条件が並ぶ男だが、アンジェラの気持ち次第だ。親である俺が勝手に決める気はない。
顔合わせを提案され、仕方なくヴェールで耳を隠して連れて行った。逆らえば、ルピナス帝国が滅ぼされるのだ。見合いをして、娘が断れば問題ない。そう考えた。
だが……娘を見るなり、滑り込んで地面に埋まる勢いで頭を下げる。これが公爵家の変わり者次男エトムントらしい。夫になれなければ、下僕でもいいと懇願する姿に、正直引いた。
強引な王太女殿下も驚いたようで、エンゲルブレヒト侯爵令嬢へ「あれが標準なの?」と尋ねる。これが帝国の基準だと思われたら恥ずかしいな。それよりわざとやらせたのか? 尋ねる眼差しに、笑顔を引き攣らせた王太女殿下は無言で否定した。
咄嗟に後ろへ隠れた娘は、驚いた様子だが嫌悪感はなかった。ちらちらと俺の後ろから顔を覗かせる。外見のいい者同士が結婚するため、高位貴族ほど顔がいい。皇族は整った外見を外交で利用するため、さらに磨いた。公爵家もほぼ皇族と同じ、黙っていれば美形の青年だった。
エトムントは出会いの失態を取り戻すように、穏やかな所作で話しかける。普段は人見知りをして口ごもる娘も、ぽつりぽつりと言葉を返した。返事をするなら、多少なりと好意を抱いているのだろう。思惑通り進むのは腹立たしいが、娘を認めて大切にしてくれる夫は欲しい。
今は俺が守ってやれるが、親である以上先に死ぬ。寿命が来た後、誰が娘を守るのか。アンジェラは妻の忘れ形見だった。全財産と引き換えても惜しくない、最高の宝だ。この若者は、娘アンジェラを得るに値する男か。守るだけの権力を維持できるか、観察した。
会話が始まって以来、初のアンジェラの質問は、どうして自分を選んだのか。猫が好きだと公言したエトムントを睨む。猫耳を晒して追加で問う娘に、エトムントは意外な答えを返した。猫耳があれば嬉しいが、なくても仕草が猫だと。だから愛おしい。
アンジェラを理解し、受け止めると言い切った。変わり者と言われるのが理解できる。同時に、そのくらいでなければ、アンジェラを幸せに出来ないと思う。優しくて穏やかな娘を傷付ける男ではないと、ここだけは信じられた。猫好きは、猫に噛まれても爪を立てられても嬉しい。その感情は……妻相手に覚えがあった。
揺れる尻尾も、しなやかな身のこなしや敏感な耳も。その存在が大切で、彼女だから愛した。猫耳がなくても、きっと恋をしただろう。エトムントが同じ感情を抱いたなら、それは本物だった。
王太女殿下に言われて二人きりにする。不安はもうないが、寂しく感じた。娘が父ではなく婚約者の手を取る。成長の証なのに、離れていくことに痛みを覚えた。
皇帝の地位も数年なら預かろう。アンジェラが幸せな新婚生活を送れるよう、俺ができる最後の父親らしい気配りだった。
庭に残した二人を離れた位置から見つめ、幸せになれと呟く。妻が生きていたら、情けない俺を叱ってくれただろうか。消沈したまま、皇帝になることを承諾した。思い通りになったのは悔しいが、王太女殿下はやり手だ。悪いようにはしないはず。
もう一度だけ振り返り、俺は溜め息を飲み込んで歩き出した。
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