235.(幕間)異世界は楽園だった
気付いたら見知らぬ男の体に乗り移っていた。状況が分からぬまま情報を集め、噛み砕いて理解する。リッター公爵家の次男エトムント、それが体の名前だった。
本来のエトムントはどこに行ったのか。まったく分からない。体は問題なく動かせたし、誰かと共存している感覚もなかった。ただ元のエトムントは大人しく、部屋で閉じこもる日々を送っていたらしい。働かなくてもいい金や権力があるのに、もったいない。帝国の公爵家なんて、貴族の最高峰だぞ。
妹が好きで読んでいた異世界転移がこれだろう。異世界好きな妹ではなく、僕が転移したことは不思議だった。トラックに轢かれたり、誰かに刺されてもいないと思う。死んだ記憶がないのに目を覚ましたのが、知らない体だっただけ。
医者の説明くさい話で、馬に蹴られたことは理解した。頭を強く打って記憶が混濁したことにして、やり過ごす。1年ほどかけて、エトムントの記憶をほぼ思い出した。細部はぼんやりしているが、生活に支障はない。
公爵家の肩書きと財産は非常に魅了的で、次男だから跡を継ぐ必要もない。ある程度の金をもらって、独立するのが決まっていた。以前から猫が好きだった。可愛い妹が動物の毛にアレルギーを持っていたので、何も飼えなかったが。この世界なら何でも飼うことが出来る。
まずは猫を集めた。それから犬、鳥、馬、羊や山羊、兎……様々な動物を飼う。飼育係も雇い、餌代をお小遣いから出した。使用人の年収くらいの額が、ぽんと毎月渡されるので困らない。自分のために欲しい物はないので、すべて動物につぎ込んだ。
エトムントの両親は呆れてしまい、離れの建物をくれた。そこで動物達と楽園の日々を過ごす。妻を探して、早く独立しろと言われたが、この生活が快適すぎて無理だった。ずっと兄の脛を齧って生きていきたい。
この世界に来て2年が経とうとした頃、獣人の存在を知った。ミモザ国は獣人の国家で、いろいろな種族が住んでいるらしい。行ってみたい。だが許可が下りなかった。ルピナス帝国は他国に侵略した歴史があり、なんたら聖国に叩きのめされている。ミモザ国は聖国に関係が深く、嫌われているのだ。
非常に残念だが、諦めるしかない。自分にそう言い聞かせた。その矢先、夜会でひと騒動あったようだ。というのも、公爵夫妻である両親と跡取りの兄が参加したので、僕は何も知らなかった。突然、皇帝が交代と聞かされ、付随して未来の皇帝候補に僕の名が上がる。
意味がわからない。帝王学とか、学んだ記憶はないぞ。眉を寄せて断ろうとした僕に、朗報が舞い込んだ。新しい皇帝はヴァルター騎士団長らしい。彼の一人娘である令嬢は、猫獣人だという。
信じられるか? 猫と人が融合した、奇跡の天使が実在するのだ。どこに猫の要素が残っているだろう。獣耳? 尻尾もいい。肉球があったら、ずっと揉んでしまいそうだ。いっそ全身が毛皮で覆われていても、それはそれで可愛いし。擬人化した猫みたいに、鼻や口が猫でも素敵だ。猫パンチされたい。
妄想を膨らませながら、見合いへ向かった。ヴェールを被ったご令嬢の前に土下座でスライディングする。絶対に逃したくない。きっとヴェールの下は猫の要素が満載だ。驚かせてしまったのは申し訳ないが、彼女は僕に嫌悪感を抱かなかった。
順調に進む会話、愛らしい声、途中でヴェールを取ってくれる。焦茶の猫耳も素敵だが、令嬢は可愛らしい人だった。シュトルンツの王太女殿下のような美人ではない。だが、甘そうなキャラメル色の髪や、透き通った緑の瞳に心を射抜かれた。
愛している。猫耳がなくても君は素敵だ。思いつく限りの言葉を並べて、彼女を口説く。きっとぎこちないだろう。拙い言葉の並びを、彼女は頬を染めて受け入れてくれた。アンジェラ――天使そのものの名前じゃないか。
大変で面倒な事はしたくない。でもアンジェラ嬢と結婚したいなら、皇帝になるしかなかった。彼女は皇帝の娘になり、次の皇帝の妻になるのだから。そう説明するエンゲルブレヒト侯爵令嬢へ、一も二もなく立候補した。
途中で些細な言葉の端から、日本人であるとバレてしまった。侯爵令嬢は転生らしい。どうでもいい。アンジェラ嬢との婚約成立に向けて、僕は今日も努力を重ねる。だって猫である未来の妻に、苦労させたくないからね。
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