62.そんな私が好きなのでしょう?
森を出た私達は、小国の王城だった塔のある屋敷へ入った。本来、襲撃がなければ到着していた宿泊地だ。王太女による恒例の視察が思わぬ形となり、小国の民は怒りに震えた。自分達を襲撃し略奪の限りを尽くした獣人が、今度は新たな王族を狙った。その噂は驚くべき早さで街に広がる。
「噂は如何しますか」
「放置で構わないわ」
操作する必要はない。休むと告げて、用意された部屋で転がった。頭の中を整理しないといけないわね。情報が多過ぎて、取捨が大変。
ノックの音が響き、テオドールがお茶を運び込む。どこかで覗き見してたのかしら。タイミングが絶妙ね。いつものことなので、私はソファに座り直した。
「お嬢様、お手伝いいたします」
「そうね。新しい情報から頂戴」
獣人達はリュシアンの尋問に素直に応じ、国境を接するミモザ国の辺境伯からの依頼を自白した。獣人達はさらに追加の情報を齎す。
アーレント卿の裏切りは、娘絡みなのね。亡き妻の忘れ形見、ただ一人の身内がミモザ国の獣人と番になった。その夫が、予言の巫女に罪人と断定され囚われたらしい。夫を助けて欲しいと娘に懇願され、アーレント卿はいいように使われた駒よ。
私的なトラブルから発生した問題を相談する相手もおらず、悩んで暴走した結果がこれ。バカね、すでに国際問題になってるの。
アーレント卿は、予言の巫女の言葉を信じたらしい。王太女である私と話がしたいだけ。傷つける気はない、と。そんなわけないじゃない。彼自身も気づいたはずよ。でも自分の望みのために、主家の嫡子を危険に晒した。
誰しも自分が一番可愛いものだけど、騎士はそれじゃダメなの。お母様は断罪を私に任せるでしょう。最も軽い刑で生涯幽閉だけど、今回の混乱の責任を問うなら……手足を切り落とした上で森へ放置かしら。首を落とすのは刑としては軽すぎるわ。
命が軽いこの世界で、すぐに楽になれる死に方は軽い刑として扱われる。断首、絞首はその類ね。生きて獣に食わせるくらいで、釣り合いが取れるでしょう。私が呟いた刑罰を、テオドールがさらさらとメモに取った。
獣人達はミモザ国と引き換えになる。すでに予言の巫女が王宮にいて、影響力を行使しているなら……少し出遅れたかも。早々にミモザ国へ賠償請求の手続きが必要だわ。予言の巫女の罪を問えるかしら。
ふと窓の外に目をやり、薄暗い夕暮れの風景に口元を緩めた。
「テオドール、私のお願いを聞いてくれるかしら?」
「何なりとお申し付けください、お嬢様」
ひそひそと小声で指示を出し、作戦を伝える。渋い顔をしたものの、テオドールは絶対に逆らえない。リュシアンを巻き込むため、彼も説得する必要があるけど。ああ、それから魔王陛下に付けた貸しも、この際返してもらいましょう。
「なんて悪いお嬢様なのか」
「そんな私が好きなのでしょう?」
嘆く執事に、私はふふっと微笑んで答えを待つ。彼はいつだって私を肯定するのだから。
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