102.予言の書自体が勘違いなの

「おはようございます……ブリュンヒルト様、体調がお悪いのですか?」


「顔色が悪いですわ」


 心配そうなエレオノールとエルフリーデに首を横に振った。


「ただの寝不足よ」


「え? 昨日一日寝てたのに……あ、夜眠れなかったのか」


 リュシアンはあっさりと納得した。そうだけど、そうじゃないの。説明するのが面倒で、曖昧に受け流した。事情を知っているのは、テオドールくらいね。夜に何度も顔を覗かせては「お休みください」だの「お肌に悪いです」と懇願してたもの。


 朝からテオドールに無言で責められ、化粧で誤魔化せる程度の隈をわざと残された。珍しくお怒りのようね。片付けた荷物を積み込む彼に、小さく微笑みかけた。嬉しそうな顔をするところが可愛いわ。


「到着が遅れるわ。出発しましょう」


 ここから一日かけて、王都手前の都へ入る。さらに半日も揺られたら、王都に戻れるわ。これが他国の整備した街道なら、日程は2倍以上になるわね。ミモザ国だったら3倍近いわ。


 アリッサム国も文明を誇り石畳の街道を作ったけれど、馬車向きじゃないのよ。もっと平らに段差をなくして作らないと、車輪は傷むし馬が疲れてしまう。がたがたと揺れる馬車を引く馬が可哀想よ。車輪が真っ直ぐに転がるだけで、馬への負荷は半分以下になるわ。


 執事テオドールの手を借り、3人で馬車に乗り込んだ。揺れがほとんど感じられない車内で、私は昨夜読み終えた本を開く。御者台に陣取ったテオドールのお陰で、車酔いもなく快適だった。


「エレオノール、分からないことは都度聞いてちょうだい」


 先に断りを入れてから、私は予言の書とされる初代巫女の手記の説明を始めた。これは彼女の個人的な日記部分と、公的に残すべき文章として記された部分に分かれる。ミモザ国でどう解釈されたのか、日記部分へ「聖なる巫女の祝詞」と追記されていた。


「巫女として残した文面の中に、異世界から巫女が来る予言はないわ。おそらく、ここね。この文字を都合よく解釈した結果、勘違いが起きたの」


 指差したのは、何度も登場する初代巫女の個人名だった。後世に残す文章は読めないと困るので、ミモザ国の公用語が使用される。しかし、読まれたくない日記部分は、日本語を利用した。


「日本人でなければ解読できない上、かな、カナ、漢字と複雑なのよ。無理に解読しようとした結果、間違って読み進めてしまったのね」


 キヨエと記された文字の横に、違う色のインクで巫女と追記されている。その部分を指でなぞり、私は昨夜の発見を話し始めた。


「これ、勘違いから予言の書と呼ばれたけれど、実際は教訓を書き綴った指導書だったの」


 思わぬ結論に驚いた顔のエレオノールが「え?」と何度も繰り返しながら、手記と私の顔を何度も眺めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る