06.卵王子の面倒はもう見られませんわ
新たな主君を得る。それは貴族にとっても騎士にとっても重要なこと。名誉の問題だというけれど、私が彼女に与えたのはまさに名誉ね。シュトルンツへ国替えするにあたり、王太女を守り抜いた事実はエルフリーデの誇りになる。王家を違える覚悟があれば、多少の嫌味なんて気にしないでしょうけれど。
美しく気高い悪役令嬢が胸を張る材料は、いくらでも与えてあげるわ。私にとって、最強の剣であり盾になる側近候補だもの。大地のような茶色の髪に、森の緑を宿した瞳。やや日に焼けた肌……その手のひらは硬く、彼女が努力した月日を物語っていた。
「エルフリーデに機会をお与えいただき、感謝いたします。王太女殿下」
腰掛けたソファで、エルフリーデの母である侯爵夫人はおっとり微笑む。この柔らかな感じ、エルフリーデはお母様似なのね。
「優秀な方に見せ場を用意するのは主君の役目よ。エルフリーデの戦いを見るのは、初めてなの」
噂は聞いているし、前世の記憶で彼女の有能さは知っている。それでもこの目で見るのは初めてだった。わくわくしながら、閉ざされた門へ視線を固定する。横からテオドールがお茶を給仕した。
「テオドールも一緒に見ましょうよ。きっと素敵よ」
何が、なんて説明は不要だ。私が幼い頃に拾ったテオドールは、小声で「はい」と返して後ろに立った。いつもそう、私を守る位置に立つのが自分の役割と思っている。たまには隣に座ったらいいのに。
「ツヴァンツィガー! 貴様、裏切る気か!」
「先に裏切ったのは陛下の方でございましょう。我がツヴァンツィガーは王家の血を引く公爵家として、お仕えしてまいりました。その忠義を仇で返され、娘の名誉を傷つけようとした王家に従う義理はございませぬ」
きっぱり答える夫の姿に、夫人が「素敵」と零す。慌てて手で口元を押さえるから、私はさりげなくお茶菓子を差し出しながら頷いた。
「とても立派な夫君だわ」
「ありがとうございます。惚れて一緒になった人ですの」
高位貴族には珍しい恋愛結婚なのね。それなら余計に娘の政略結婚には思うところがあったでしょう。惚気る夫人は、恋する乙女のように瞳を輝かせている。
アリッサムの国王はいつ気づくのかしら。手放したエルフリーデが最上級のエメラルドだった、と。
「ならば貴様も敵だ! 滅ぼしてくれる!! だが今なら間に合う。そこの娘を側妃に差し出し、大人しくわしに頭を垂れよ。従属するなら許してやってもよい」
途中から気味の悪い猫撫で声になった国王の声が良く響く。門から真っすぐに続く道沿いは、両側を背の高い広葉樹で覆っていた。そのため、筒状になった中央を声が抜けやすい。それに加え、今はテオドールが魔法を使っているから。
ちらりと視線を向けると、得意げに微笑む執事。このくらいは朝飯前よね。あ、この世界では違う表現だったわ。確か……入浴前だったかしら? ちょっと違うわね。
「私を側妃に? 正妃でさえ、王命で縛られなければ拒んでいました。きっぱりお断りです! 卵王子の面倒はもう見られませんわ」
「あらあら、エルフリーデったら。惚れ惚れするわ」
うっとりと目を細めた私は、後ろのテオドールを宥めるために振り返る。微笑んで「そう思わない?」と同意を求めた。
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