07.精霊の剣、彼女にとても似合うわ

 私の言葉に反論せず、テオドールは穏やかに頷いた。その微笑みは見惚れてしまうほど甘い。兄が妹を可愛がるように、彼は私をひたすらに甘やかした。拾った経緯がいけなかったのかしら。


 どん! 派手な音がして門に煙が立ち込めた。


「やだ、邪魔だわ。見えないわよ」


「ご安心ください、お嬢様」


 テオドールが使った魔法の風が煙を巻き上げた。上空へ逃がした煙が消えると、開いた門の中央に立ちはだかる父娘の姿が際立つ。夜会用に装ったミントグリーンのドレスから、すらりとした足の先が見えた。まさか、騎士にドレスを切り裂かれたのかしら。


「一撃もらったの?」


「王太女殿下のご心配はドレスでしょうか。見えないよう工夫しておりますが、エルフリーデのドレスはスリットが入っております。緊急時に戦えない娘など、ツヴァンツィガーの名折れですので」


 いつの間に取り出したのか、エルフリーデの左手には剣が握られている。細身でやや金色を帯びた光を放つ、まるでフェンシングに使うような、しなやかさがあった。それを振るうたび、氷が飛んでいく。魔法を纏わせて使用する剣を、アリッサム国ではこう呼んだ――精霊の剣、と。


 侯爵夫人のお話を聞くに、どうやらスカートの中に常時隠していたと考えるべきかしら。


「あれは精霊の剣ね。エルフリーデが継承していたの?」


「はい、あれは使い手を選びます。ツヴァンツィガーに伝わる剣ですが、夫は選ばれませんでした。代わりに祖母からエルフリーデが引き継いでおります」


「そう、彼女にとても似合うわ」


 ふふっと笑みが漏れた。扇を探すように動かした手を口元に運ぶ。唇から顎まで隠すように覆い、あまりに予想通りの展開に零れる笑みを隠した。いけないわ、本音が出てしまいそう。


「お嬢様、こちらをどうぞ」


 用意された扇を受け取り、さっと開いて顔を半分ほど隠した。門を開けば敵が入ってくる。当たり前の光景なのに、たった二人の実力者に定説は覆された。そっくりな茶色の髪を揺らす父と娘は、門を境として一歩も退かない。攻撃を仕掛けるアリッサム王国の騎士を、一振りで切り捨てた。


 精霊の剣が光を弾く隣で、侯爵は私が贈った剣を抜いた。がっちりとした肉厚の刃は、精霊の剣の細く柔らかい雰囲気とは正反対だ。敵を退けるのではなく、叩き潰すための武器だった。振るうツヴァンツィガー侯爵の腕は、立派な筋肉がもこりと浮き上がる。


「カールお兄様と気が合いそう」


「鍛えるのがお好きな方ですから」


 テオドールも苦笑いして頷いた。筋肉だるまと揶揄うほど鍛えた兄は、侯爵の実用的な筋肉を賞賛するでしょうね。


 振り抜いた剣は、ほんのりと金色を帯びている。これは特別なことじゃないわ。ちょっと知識を利用して発掘したオリハルコンを混ぜただけ。鍛えた鍛冶師が、過去最高傑作と謳った一本を持ち出した。よい武器はよい使い手にこそ相応しいわ。


「お嬢様、あの剣はカールハインツ王子殿下が狙っておいででした。早めにお話された方がよろしいかと存じます」


 こそっと耳打ちされ、私は溜め息を吐く。分かってるわ。でも目の前で素敵な戦いが繰り広げられているのに、今言わなくてもいいんじゃない?

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