05.嘴を挟まれる前に叙爵するわ
アリッサム王国の大使館は、シュトルンツ国にとって重要拠点ではない。西側にある小国に過ぎず、足下を揺るがす脅威とはならなかった。ましてや、アリッサム王国の重鎮である国境の英雄はこちらの手にある。ツヴァンツィガー公爵家、辺境を守る最強カードだった。
「ツヴァンツィガー公爵殿には、我が国の侯爵家をご用意しました。お受けくださいますか?」
「主君と王家を違える覚悟は出来てございます。是非とも、シュトルンツ国ローゼンミュラー王太女殿下の麾下に加えていただけますよう、伏してお願い申し上げます」
さっと膝を突いて忠義を口にした公爵に、ツヴァンツィガー侯爵としての新たな叙爵を行う。これで、アリッサム王国のツヴァンツィガー公爵家は潰えた。代わりに、我が国に新たな侯爵家が生まれたのだ。にっこり笑った私は、用意してきた剣を手渡した。
宝飾品のような煌びやかさはない。実用一点張りの、だが業物である。我が国の技術の結晶である、本物の剣だった。鞘から抜いて刃を確かめた侯爵の顔色が変わる。
「このように高価な物を拝領しても?」
「もちろんよ。私の大切な側近の父君だもの」
微笑んだ私は、部屋に入ってきた騎士に尋ねた。先ほどから門の辺りが騒がしい。
「報告してちょうだい」
「はっ、アリッサム王国軍は、大使館の門へ魔法を放ちました。現時点で確認した魔法は、火炎弾が3発、氷矢が6本、風刃が17本。以上です」
騎士の平然とした様子に、私は満足して頷いた。ここまで攻撃を待ってあげたのだから、返してもいい頃合いね。他国から無駄に責められる要因を減らすため、大使館へ攻撃した証拠が必要だったのよ。
「王太女殿下、私に名誉挽回の機会をお与えくださいませんか」
「あら、ツヴァンツィガー侯爵令嬢の名誉に傷などなくてよ。謙るのはよくないわ。そうね、新たな手柄を立てる場を与えましょう」
新しく名誉を得るための攻撃なら任せるわ。微笑んだ私に、彼女は「エルフリーデとお呼びください」とカーテシーを披露した。ぐらりと揺れることもなく、美しい挨拶に吐息が漏れる。なんて美しいのかしら。
「エルフリーデ、お願いするわ」
「かしこまりました」
下賜された剣を下げた侯爵が娘に続く。この場で敵を排除する名誉を得たのは、娘エルフリーデだけ。その補佐に回る気ね。優秀過ぎるツヴァンツィガー家の二人を見送り、私は残された奥方を誘った。
「では侯爵夫人、見物と洒落込みましょう」
「ご一緒出来て光栄ですわ」
娘エルフリーデより数段優雅な礼を披露した夫人を連れ、私は少し離れた部屋のテラスに移動した。ここなら、門の様子がよく見える。高さも3階とちょうどよかった。低いと木々に邪魔され、高過ぎれば小さくて確認しづらい。
「テオドール、手筈は済んだ?」
「はい、お嬢様。いつでも殲滅可能です」
「そちらじゃないわ。エルフリーデに任せたから、根回しの方だけお願いね」
「承知いたしました」
迎え撃つのを楽しみにしていた大使や執事には悪いけれど、獲物はひとつしかないの。次の国では、もう少し考えて配分しないと彼が拗ねてしまうわね。大人しく引き下がった執事テオドールを見送り、私と夫人は用意された猫脚ソファに腰掛けた。
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