04.公爵令嬢を返していただこうか

 アリッサム王国の大広間は、大騒ぎだ。王太子エックハルトが婚約者のツヴァンツィガー公爵令嬢に婚約破棄を言い渡した。それだけでも一大事なのに、空から降ってきた聖女リサを妻にすると言い放つ。


 混乱は最高潮に達したかに思われるが、それ以上に話題になったのは、もっとも強大な勢力を誇る「隣国」の王太女による公爵令嬢のスカウトだった。婚約破棄を聞いて、密かに息子の妻にと望んだルピナス帝国の公爵が舌打ちする。


 いや待てよ? シュトルンツ国の重鎮となった公爵令嬢を娶れば、一石二鳥ではないか。そう考え、他国の高位貴族は色めきたった。このような小国の建国祭に出向いたのは、聖女を一目確認しておきたい思惑があったからだ。


 婚約者のいる王太子を誑かすような女性なら、聖女であっても我が国には不要。それどころか危険だと判断した。どの国も出した結論は大差ない。となれば、アリッサム王国の機嫌を取る必要はなかった。他国からの賓客は、ぞろぞろと帰り始める。


「待たれよ! この騒動、わしが預かる」


 駆け込んだ国王の宣言に、賓客達は顔を見合わせた。帝国や王国の高位貴族は理解している。この国がいくら足掻いても、すでに奪われた公爵令嬢を取り戻すことは不可能だと。


 もし隣国であるシュトルンツ国に手を出せば、アリッサム王国は滅ぼされ統合されるだろう。どのように対処する気か。見守る彼らの前で、国王はもっとも愚かな方法を選んだ。


「聖女リサと王太子の結婚を認める。その上で、ツヴァンツィガー公爵令嬢を側妃としよう。公爵? 公爵家の皆はどこへ! 早く連れて参れ」


 臣下の家名を間違える愚かな王太子の原因は、ここにあったか。アリッサム王国の貴族を除いた、来賓は頭を抱えた。自国にも多少のトラブルはあるが、ここまで酷くないはず。賛同する貴族を掻き分け騒ぐ国王を置いて、近隣諸国から招かれた客は背を向けた。


 ここに残れば、巻き込まれる。本能的に危険を察知した彼らは、さっさと大使館や自国の貴族が所有する別宅へ逃げ込んだ。アリッサム王国の王族は頭がおかしいが、あれを支持する貴族も異常だ。そう感じるだけの真面さが、他国の者には残っていた。


「なんだと? シュトルンツ国の王太女殿下が連れて行った? ならば大使館であろう。取り返すぞ!」


 我が国の貴族だ。国王であるわしに権限がある。生殺与奪の権利を主張し、国王は立ち上がった。騎士団を引き連れ、実力行使も辞さないと示しながら、石畳の上を馬に跨がり揺られる。








「我が国のツヴァンツィガー公爵夫妻、並びに公爵令嬢を返していただこうか」


 門番に傲慢に伝える。他国の大使館より二回りほど広い領地は、アリッサム王国内にあって治外法権だった。どの国であっても、大使館への攻撃や権力の行使は出来ない。そんな初歩的な決まりすら守らぬ国に、シュトルンツ国が従うはずはなかった。


「馬鹿ね、何もしなければ許してあげたのに。聖女の魅了とやら、よほど強力みたい」


 他国の者には効果が出ていないけど、アリッサム国内は魅了に支配されているようね。ふふっと笑う私は、先回りして駆け付けた伯爵の部下の報告を聞きながら、お気に入りのハーブティに口をつけた。


「いかがなさいますか」


 テオドールの質問は、答えを知る余裕が滲む。私はもう一口紅茶を含み、ゆっくり味わってから微笑んだ。


「弓引くなら相応の仕置きが必要ね」

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