03.悪役令嬢? 優秀ならぜひとも欲しいわ

 通常、国同士の祝い事で他国の王族を招待した場合、王族は招いたホスト国の王宮に滞在する。これは明確なルールはないが、慣例とされてきた。意味するところは、両国の関係が良好であるという意思表示になる。己の命を預けるに値する友好関係が築けている、そう示すものだった。


 もちろん、アリッサム王国はシュトルンツ国の次期女王である私に対し、王宮の客間を用意した。侍女が確認したところでは、最上級の客間だったらしいけれど。国同士の力関係を考えるなら、当然の結果よね。シュトルンツ国の領土と比べたら、三割以下の国だもの。離宮を建てて招くくらいの覚悟が必要よ。


 使うかどうかは私の心ひとつ。我が国の大使が追加で準備した馬車に乗り、私とツヴァンツィガー公爵家の皆様はごとごとと揺られていた。口元を隠していた扇を畳み、私は穏やかに微笑む。


 正面に公爵夫妻、隣に令嬢を乗せた馬車は、軽やかに石畳の上を走り続ける。王宮が小さくなる頃、私から口火を切った。


「この度は、ご愁傷様なのかしら。それとも、ようこそとご挨拶したらよろしくて?」


 冤罪を掛けられた不運はご愁傷様のような気がするけれど、我が国にとっては僥倖以外の何物でもない。待っていた果実が熟れて落ちてきた。予定通りの行動だわ。


 柔らかくふわりと巻いた茶髪を揺らし、令嬢エルフリーデが口を開いた。


「私はほとほと愛想が尽きました。エックハルト王太子殿下も、あの方を許すアリッサム王国にも、未練は一切ございません。私の名誉を守っていただき、本当にありがとうございます」


「あら、気にしなくて結構よ。先ほどもお話しした通り、私はあなたを側近として採用したいの。ご家族がアリッサム王国に残ると不安でしょう? 人質にされかねないものね。ご家族や親族、なんでしたら領地ごと亡命なさるといいわ」


 アリッサム王国の領土はさほど広くない。その中で公爵家のもつ土地は、重要だけれど辺境にあった。我がシュトルンツとの国境に面した領地だ。周辺諸国の中で最大の国土と財力を持つ我が国を通らねば、各国の貿易はままならない。


 故に我が国への牽制を込めて公爵家を置き、領地や領民を国の盾と見做した。にも拘らず切り捨てる王族ならば、こちらから捨てておやりなさい。そう笑った私に、公爵夫妻も覚悟を決めたらしい。神妙な顔で頷いた。


 がたん、門の境を越える車輪が音を立て……すぐに馬車の揺れも車輪の音も消える。スムーズに大使館の敷地内を進む馬車は、石畳を走っていた時より格段に乗り心地が良かった。馬車止めの屋根下へくるりと回り込み、静かに停車する。踏み台を用意する音が聞こえて、声がかかった。


「王太女殿下、到着いたしました」


「開けてちょうだい」


 馬車の扉が開き、踏み込んだのは私専属の執事テオドールだった。黒服に身を包んだ彼は、すらりとした長身の青年だ。まだ年若く見えるが、宮殿の執事候補の中で最優秀の成績を収めた実力者だった。


「テオドール、ツヴァンツィガー公爵家の皆様にお部屋を用意して。それといつものハーブティもね」


「かしこまりました、お嬢様」


 普段と変わらぬ日常の一コマ、でも欲しかった公爵令嬢を手に入れた私は浮かれていた。悪役令嬢? 断罪され、婚約破棄された? それが何だって言うの。優秀な側近は何人いても困らないわ。

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